第六回 ヨーロッパ文芸フェスティバル内と外
さて、今回フィンランドセンターよりゲストとして頂き、ヨーロッパ文芸フェスティバルに参加するために日本に。
実に、二 十 年 ぶ り の十一月の日本でした。(前回は妹の結婚式で、長男が生後半年だったなと…)
EU代表部、フィンランドセンター、みずいろブックスさん、イタリア文化会館、インスティテュト・セルバンテスといった関係各所に心からお礼を申し上げます。
では文芸フェスティバル・レポ、行きますよ!
おのおのがた、用意はよろしいか?(意訳:長文覚悟しなはれ)
このお話が始まったのは私とフィンランドセンター所長アンナ=マリアさんとの間では「伝説」ネタ化している出来事、今年六月半ば、センターにご挨拶に伺ったことから。所長室のソファに座って、センターと翻訳者でコラボできたらというご提案で、「今実はこれやってるんですよ(ごそごそとバッグから"Sinuhe Egyptiläinen"の重い原書を出す)。」
すると、所長「!!!(両手を口に当てて声にならない)」
スタッフのOさんも同席しておられたので、翻訳することになった経緯から版元みずいろブックスについての説明から(シッランパー復刊は八月なのでまだ出ていないわけで)ミカ・ワルタリ、いいですよね!いやもう最高、あれも、この作品もいいしね!これ知ってます?勿論!自邸が売りに出されるなんてなんてこと!…な一時間を過ごし、夏の間にオンライン文芸サロンのお話があり、秋にヨーロッパ文芸フェスティバルが三年ぶりで対面開催されるからと登壇のお話があり、あれよあれよという間に進んでいきました。
登壇の機会は二度頂き、一人で『シヌヘ、エジプト人(仮)』(←これ原題通りの語順で書いていますが最終ではありません、お楽しみに)についてべらべら話すのと、後半に他の翻訳者さん、出版社さんと登壇するパネル・ディスカッション(二週間前まで進行など想像がつかなかったドキドキ案件)です。前後の予定の関係で一週間しか日本滞在できないとはいえ、もう全身全霊で楽しみにしていました。生栗モンブランも楽しみでした、はい。
さて、出発は日曜。そして航空会社の発表を受けて客室乗務員の組合が24時間ストライキに突入、運よく、ヘルシンキからはJALさんが飛んでいます。念のため前夜から問い合わせを開始しており、本当にラッキーなことにその日は満席ではなく、振り替えて頂けました。助かった・・・
三年ぶりにJAL便に乗れて私はもう気分は遠足の小学生。
機内食で優しい乗務員さんが「アルコールはどうなさいますか?ビールも日本のがございますよ?」
私「エビスお願いします!(すみません、純粋な小学生はビール飲みません)」お味噌汁も温かいのが出て最高。寝られなかったのは気分だけ小学生なせいで、それ以外本当に何もかも素晴らしいフライトでした。幸せ…
そして火曜日にヨーロッパ文芸フェスティバル初日、オープニング・セッションがヨーロッパ・ハウスで開催。
みずいろブックスさんと伺う。
北欧語書籍翻訳者の会のヘレンハルメ美穂さんとも八年ぶり(ほっこりしない北欧案内:フィンランド編以来)のリアル再会。隣国なのに意外とメンバー同士、基本は個々の活動でやっているので、会えていないのです、これはもっと頻繁に機会を持ちたいものです。
スウェーデン大使館の広報文化を担当しておられるアダムさんはオンライン・イベントで顔を何度も拝見していたので勝手に知り合いの気分で話しかける(笑)。
ご本人(誰・・・?な表情ながらも)、こういう事態に慣れておいででお話して下さる。私がフィンランド枠で登壇するとお伝えすると「僕、『シヌヘ』若いとき読んだよ!あれいいよね」と。おぉ、オーレさんの翻訳ですね!余談ですが、インスティテュト・セルバンテスの文化部長ハビエルさんも私の原書を見て”Oh, Sinuhe…! I have read it since my father recommended it!”と胸に手を当ててため息をついてくれ、改めて欧州でもベストセラーだったのを感じさせました。現代人ももっと読んで欲しいところです。
アメリカではなんと二年もベストセラーの座に君臨し続けてのハリウッド映画化でしたからね。(セッションでは米国で数カ月ベストセラーと言ってしまいましたが覚え間違いです、訂正させて下さい!)
ヘレンハルメさん、みずいろブックスさん、所長(と翌日の打ち合わせ。ここで白状しますが、私、だいぶ抜けてまして所長に翌日使う資料を共有してませんでした)を交え色々雑談し、軽食も頂き、その前にオープニング・セッションではオランダ、ブレグマン(“Humankind”)×斎藤幸平(『人新生の「資本論」』)の丁々発止の脳細胞ちくちく刺激されるセッションを楽しみました。
最後に今週の登壇者上がってください、とEU代表部の武部さん(こういう人に憧れます、本当に格好いいです)言われておそるおそるステージに上り、緊張で忘れてたけど、ポルトガルの売れっ子作家ペイショットさんともしれっと握手してるじゃないか…ひぃぃ(図々しい!)。
さて翌日。登壇です。(やっとそこかい!)
九段下にあるイタリア文化センター。すごい施設・・・さすがイタリアと唸りました。会場は地下にあるアニエッリ・ホール。事前申し込みは八〇名ほどですが、過去二年オンライン開催だったため、そして今回のイベントが一部はハイブリッド開催で分かりにくかったようで私のイベントもオンラインと勘違いされていた方が複数おられたよう。結果的にアーカイブ用動画を公開して頂きましたので、ご覧頂けます。
前夜は小心者で寝られず(時差コンボですね)、大雨もあって参加者はもう少し減ったので内心ほっとしました。
実は広島から両親も娘の晴れ姿(一般公開でこんな機会無いので)を見に泊りがけで滞在してくれ、一緒に時間を過ごせました。 二日目の最初のセッションで、フィンランド関連の友人、翻訳仲間、みずいろブックスさん、同じく三つ巴で仲間のうえやまみほこさん、フィンランドセンタースタッフに、SNSでフォローしている方たち、関心があって来場下さった方々、一日このイベントを聞いておられる方、と様々。有難うございました。 江戸川乱歩賞を受賞された高野史緒さんもご質問して下さったり(恐縮)なんと高野さんは来年英国で作品が発売になるとか。他にも日本国内だけでなく伊、英と外国語への翻訳も複数。『カラマーゾフの妹』をまず読みますね!柴田元幸さんもフェスのことはツィートされていて、すごい人たちがこのフェス自体に関心を持っておられる。
前夜、所長が私をイントロで紹介するからと言っていて、(あれ、通訳無しだった気がするな…)と思ったものの、そのままに。夜中に資料共有して、昼前、入場開始して、やっぱり日本語オンリーだと伺う。
あー私やりますよ、当然です。アンナ=マリア所長、朝のうちにスピーチ原稿も作って内容も直前見せて下さる細やかさ。なのにへぼい通訳はあちこち抜けた気がします。(怖くてアーカイブ聴けません)英日だからごまかし効きませんし、いやはや。 話す内容は9月のフィンランドセンター、オンライン文芸サロンと大筋は同じですが、新ネタもいくつか仕込みました。
●作家ワルタリとシッランパーの絡みについて
ワルタリももっと注目されてほしい!
●『シヌヘ、エジプト人』について ここで断言しますけど、こんな面白い作品そうそうありませんから!一人の主人公の人生を通じ、古代エジプトを舞台としながら、地中海・中東の古代文明ほぼオールスター。現代の私たちも感じるものは色々とあるはずです。シニカルな所に笑い、物質文明に溺れる古代人も今と変わらず、惚れたりはれたり、泣いたり笑ったり、当時の史実を骨格とし、すべてが輝く青春時代から壮年、老年へと諦観していく様は見事としか言いようがありません。
●ドツボの話。いやーあと何回経験するのかな…それもまた楽しむかな。
●コミカライズなど、色々なフォーマットのポテンシャル
北欧を中心に、欧州もオーディオブック全盛で、以前こちらにもオーディオブックの記事を投稿しました。
なぜポテンシャルかというと、「読まぬなら、読ませてみようホトトギス」ですかね。長くて尻込みしちゃうなら、コミカライズすればいい! 舞台化やオーディオブック、漫画、どれも予算がかかるものではありますが、ことこのシヌヘに関しては、文字だけにしておくのは勿体ないと思っています。ちなみに実写化ならキャスティングはやはり「濃い顔族」の方がいいかなと(笑)。実際に、現在売られているフィンランド語版のシヌヘのあとがきでは小説家Jani Saxellさんが、HBOが選んだのが『ゲーム・オブ・スローンズ』じゃなくて『エジプト人』だったらよかったのに!と嘆いています。 本当にその通りで、大ヒット間違いなしの面白い要素満載のシリーズとなったことでしょう。いつかそうなることを願って。(とはいっても権利を持っているのはフィンランドのご遺族ですが、そうしたら売りに出されたワルタリ自邸が今後も保存できるかもしれないですし) こんな素晴らしい作品と日夜向き合える幸せと重圧とをかみしめながらの日々を過ごしているお話をしました。私にとってもライフワークとなります。
つまり版元さんとともに背水の陣です、ええ。
登壇に関しましては、Cafe Moiのハラダさんが非常に詳しいレポートを上げて下さったのでそちらを合わせてご覧いただいても。Moiさん達はいろんなフィンランドの情報を発信しておられ、様々な形で日本に伝わるフィンランドを応援されています。
そういえばお仕事の依頼も常時受け付けておられるようですよ!私たちもいつかお願いしたいと思います。
今回、恐らく 他のフェスティバル登壇者の皆さんとの違いは、私とみずいろブックスさんがまだ絶賛進行中の作品を9月17日のオンライン文芸サロンをきっかけに公開にしたことです。
普通はもう装丁も決まり発売日も書店への納入も逆算して、まぁ一か月前くらいにISBNも取れて情報解禁になります。たまに戦略で数カ月前に〇〇が出そう、ということは言われるにしても、日本の出版社は大体ぎりぎりまで伏せる、ということが多いのではないでしょうか。 ヘレンハルメさんとも話したのですが、北欧などの出版社は大体春夏、秋冬と新刊の冊子(最近はオンラインでPDFが殆どですが)で、「へぇ~この秋あの作家の新作出るんだ」といった情報が出回ります。作品の版権も、人気作家などミステリ3部作だったりするといわゆる青田買い、影も形もないのに売れていくこともしばしば。日本はリスクを取るより確実を期するという雰囲気なのかもしれませんが、翻訳している私としてはもう毎日の苦しみ、喜びがこの辺(喉)まで出かかってるわけです。「言いたいです!だだ洩れです!」と訴え、一人出版社さんならではの柔軟性でOKしていただきました。
というわけで毎日のようにTwitterでネタバレしない程度に「イマココ」漏れ書きしております。今からご覧になるあなた、「うわーこいつまた煮詰まってんな」とか、「大丈夫かな」と一緒にハラハラドキドキしませんか?
(自虐)
[ここからサブリミナル]
そこのあなた、そう、あなたです…。来年後半、本作が出来上がった暁には数千円を握りしめ(交通系カードでもクレジットでもよし)書店に向かうのです。みずいろブックス、『シヌヘ、エジプト人(仮)』(おそらく上・下巻)です。清きお買い物をどうかお待ちしております、皆様の応援をどうぞ、どうぞ宜しくお願い致します。(白い手袋がちらつく)
[サブリミナル終わり]
あ、もう記事が終わりみたいなことを書いてしまいましたが、まだ続きます(ちなみにワードで5ページ目。Fazerの板チョコもそばで調子よくなくなっていきます)。
三日目、木曜はチェコ・センターにてワイン、ビール、おつまみなどもホールで出ていました。私の目的は仲間の一人、ヘレンハルメ美穂さんがモデレートする「子供たちに語る―文化の違いを乗り越えてどのように働くか」を聞きにいくこと。司書をしながら児童文学を訳されている、きただいえりこさん、スウェーデン人で絵本作家でもあるユリアン・ハンソンさん(多摩美大院生イラストレーション勉強)、同じく翻訳者の会のよこのななさんが訳された岩波書店『ゴリランとわたし』の編集者である松原あやかさんの会話をヘレンハルメさんがうまく引き出しておられました。松原さんはリンドグレン全集の復刊も担当され、その翻訳はヘレンハルメさん、というコンビでもあります。復刊の言葉の選び方の変遷も面白かったですし、とにかくヘレンハルメさんは聴く姿勢も素晴らしいです。日本と北欧でのイラストの傾向の違い、会場の反応(どよめき)も面白く、司書をしておられるというきただいさんがスウェーデンの難民の子どもたちと日本の子どもたちを繋いで作り上げた合作絵本で子どもたちが「この子たちも同じようなこと考えてるんだ」と感じ合えた、などなど視界がぼやけるようなお話も伺いました。
是非アーカイブでもご覧いただきたいです。
四日目は登壇するパネルディスカッションについて、とにかく大御所との登壇にまたも怯えるも、ゲストに押し込んで頂いたからには、役目は果たさなくてはなりません。
他の皆さんは面識があり、私だけぽっと出な感じだったので、北欧ということ、国外在住であること(日本の版元となかなか会えないなどデメリットも)小さな国ならではの関係性、活かせること、北欧などでのトレンドといったことを踏まえて、おそらく日本の翻訳文学境界では皆さんが何年も頭を悩ませ、話し合われ、語り尽くされたであろう色々にはあえて触れずに、目先を変えること、諦めないこと、オーディオブックの流行のポテンシャルなども含めたお話を提示しました。うるさかったと思います(笑)
インスティテュト・セルバンテスの方々皆さんお優しく、司会の大窪さんは水曜の登壇をきっちりご覧下さって話を振って下さったり本当に助かりました。実はパネル・ディスカッションに作品も置いていいとのことで、私はまだできてないので(笑)、1.1キロの鈍器本(原書)をまたも持参し、サイドテーブルに置くと、サウザンブックス古賀さんが発言されるたびに角度の関係で黄色い鈍器本が写し出されるという美味しい現象に。
パネル・ディスカッションもアーカイブがあります。数十の作品を訳され、どうしたらスペイン語翻訳が盛り上がるか様々な活動をされている宇野さんや、心を込めて多くの作品に関わって「どの子も可愛い」と仰り、ポルトガル語作品は良いのがまだまだ取り放題!と仰り、翻訳大賞も取られた木下さん、それぞれの出版社のご事情や編集者としてのお仕事、売り手の視点をお話下さった河出書房新社の町田さんと業界風雲児、サウザンブックスの古賀さん、綺羅星の四つに混ざって、そばを通った隕石が輝きを浴びた気分でした。打ち上げも非常に楽しかったです。『寄生生物の果てしなき進化』(草思社)の編集者さんとも初対面でお話できました。またご縁があるといいなぁ。 企画書(レジュメ)の書き方、めげないこと、どんな情報が求められるのか、と言ったご質問含め活発なご質問がオンライン上でもありました。
ふわふわしすぎて市ヶ谷駅まで着いてから、ハンドバッグ(&財布)を会議室に忘れて取りに帰ったのはまた別の話…
「旅する文学:日本における翻訳文学のこれから」
他にも申し込んだけど行けなかったイベントが数多く、アーカイブを楽しんでいます。イタリアの作家・映画監督パゾリーニ談、チェコの有名な一族バチャをもとにしたお話の背景、メカス生誕、デンマークの量子力学×文学(登壇者のお一人が知人だった偶然)、スペインの自然と禅と西洋芸術というカウンターカルチャーの話、エストニアの歴史(前駐エストニア大使、北岡氏お話が大変お上手で引き込まれました!)、・・・これ以外にもまだまだあって、年末年始の空き時間が楽しみです!
これだけのものが六日間に渡り無料で一般公開され、一部ハイブリッド開催とはいえ、基本は対面、現場に講演者と聴衆の方が集まり、交流し、思いを交わした機会は私にとっては一生忘れられない体験となりましたし、残りの本の完成までの期間をみずいろブックスさん、美保子さん、関わって下さる方々に恥じないよう駆け抜けるためのエネルギーを頂きました。
ここに関わった人達皆に、本や文学への愛や関心がある。
それにぞくぞくしました。
もっとフィンランドの本を紹介したい、知ってもらいたい、ヨーロッパ、ひいては色んな国の作品がベストな形で伝わって想像してもらえるといい。
逆に日本からもどんどん作品が外に出て行くといい。
互いに知らない世界の一端から好奇心を刺激する更なる一助となったらいい。
想像力は人間に与えられた最も素晴らしい能力だと思います。それが欠け、近視眼的になると現在の世界のような状況になるのではないでしょうか。
ちなみに過去の文芸フェスのアーカイブも残っています。クロージングの池澤夏樹先生の言葉は胸に刻み付けたいです。
私から見て、翻訳の先人がたどった道は長く、彼らはあまりに遠くにいます。でもこの道程を楽しみたいという思いです。
一週間の滞在を終えて、フィンランドに戻ったその足で(シャワーは浴びましたが💦)在フィンランド日本大使公邸にて、シッランパー・ソサエティの方と藤村大使、文化広報担当官の方とお会いし、みずいろブックスさんの代わりに復刊された『若く逝きしもの』をお渡しして来ました。早朝に着いたのでヘロヘロでしたが(で、ここでも結局通訳をしながら)、色々なお話が本当に面白かったです!気づいたら同じ服ばかり着てますね。
うーむ。星新一さんのショートショートが大好きだったのになぜ自分で書くと毎回こうも冗長…お付き合い下さり有難うございました。
(文責:セルボ貴子)