クラウド企業の株価を左右する「製品開発戦略」と「マーケット展開戦略」 (前編)
先日、クラウドビジネスをしている経営者の方から、「とてもいいクラウド製品を提供している会社があるんだけど、売上や利益率は良いけど株価が上がらない。投資家はどのように判断しているのか?」という質問を受けました。
なぜトップラインや利益は堅調なのに株価は停滞するのか?
このトップラインや利益は堅調にも関わらず株価は停滞する・・・という事象は、よく上場した企業が数年後に直面する問題です。
株価は、投資家からの「今までの結果」と「その企業の将来性」の二軸からみた通信簿になります。そしてその製品の将来性を判断する上で大事なのが、「製品開発戦略」と「マーケット展開戦略」になります。この2つを理解することで投資家のその企業に対する株価の値付けを理解できることが多いです。
前編では製品開発戦略について少しの解説したいと思います。
製品開発戦略 垂直統合 vs 水平統合
クラウドビジネスの株価はそもそもとしてプロダクトが提供する価値に大きく左右されます。
創業当初は、どんな企業であってもまずはコアとなる製品機能を開発し強化していきます。そのコア製品の開発がまさに企業として成長戦略の軸になります。しかし、ある程度の顧客数が増え、マーケットシェアが取れてたときには、次の成長に向けた製品開発の一手を考える必要がでてきます。
このときに、製品開発戦略は2つに別れます。
一つは、今の製品の領域を縦型に伸ばしていき、業務領域を包括的にカバーしようとしていく垂直統合型 (スイート型) の製品開発戦略です。
もう一つは、今の製品の領域を横型に拡大していき、業務プロセスの中の一つのポイントを更に高度化・効率化していく、水平展開型 (ポイント型) の製品開発戦略です。
どちらもPros/Consがありますが、この2つの製品開発戦略が会社の方向性を指し示す軸となり、投資家に対して将来性を表明する重要な要素になります。
ここからはわかりやすく、デジタルマーケティング領域での具体的な製品を提供している企業の例として、スイート型の製品を展開しているAdobe社と、マーケティングオートメーションの雄であるIterable社をあげていきます。
1.垂直統合型の製品開発戦略
垂直統合型は、業務領域を包括的にカバーできる製品を展開してきたい企業が採用することが多く、ある程度コア機能が市場を専有した後に業務のプロセスをすべてカバーしていけるようにするために採用されます。
垂直統合型に舵をきったのが、Adobeのデジタルマーケティングソリューションです。元々AdobeはOmniture社のSiteCatalystというWeb分析ソリューションがビジネスのコアでしたが、その後A/Bテストのプロダクト、コンテンツマネジメントのプロダクト、ECのプロダクトなどを買収し垂直統合型に舵を切っていきます。
このビジネスプロセスをEnd to Endでカバーしていくための垂直統合を行うにあたり、よく目にする手法はM&Aです。AdobeはSiteCatalystをはじめとし、全部のプロダクトを他社から買収統合していきました。垂直統合は水平統合よりも、既存ビジネスとは違うリソース (エンジニアやプロダクトマーケ) が必要になるため、自社開発より買収をした方がメリットが高いです。
また、違う領域で既にそれなりの市場占有率をもっている企業を買ったほうが、トップラインと利益率に対して直接的なインパクトを与えられるという事情もあります。(短期的な) 経済面でのプラスとなるインパクトを作るには、実は非常にリーズナブルな手段でもあるのです。
一方で考え方が違う2つのプロダクトを統合していくわけなので、多くの企業はPMIフェーズで製品の統合に苦労し、予想よりも時間がかかり、そのプロセスの中で買収した企業のプロダクトの優位性を壊してしまうことが多いです。
2.水平展開型の製品開発戦略
これに対して水平展開型は、業務プロセスの中の一つのポイントのみに製品を展開している企業が採用することが多く、自身の製品の強みとなる領域の幅を広げていく形です。
Iterable社は元々はモバイルアプリのマーケティングオートメーションの領域に強みを持っていますが、その管理チャネルをWebやSMSなど横に機能を広げていく開発をしています。つまり、垂直統合で他の領域に手を出すのではなく、既存の機能の強化と拡大を主軸としながら開発していくところがポイントです。
この水平統合にあたっては、自社の既存のエンジニアを再利用していくことが多く、内製化しながら強化するケースが多いです。既存のエンジニアの再利用により開発に対するコスト効率を高く維持できます。また一貫した開発手法が取りやすくなるので、製品の基本理念を邪魔しないで拡張できるという利点もあります。
一方で、水平展開型の機能強化に対する顧客の視線はシビアであり、顧客から追加売上を取っていくのも、その新機能がかなり効果的でない限りハードルが高いのも事実です。それが顧客からのフィードバックをもとにした開発であれば尚の事になります。
このように、ある程度初期フェーズでの成長が見えてくると、製品機能を縦に伸ばすか、横に伸ばすかの議論は避けて通れなくなります。
どちらも一長一短はありますが、製品開発戦略で株価の将来性が判断されていくのです。
前編のまとめ
垂直統合と水平展開にはPros/Consがありますが、今のUSのクラウド市場は垂直統合型を選ぶ企業は少なくなっているように見受けられます。
理由としては、3つです。
割が合わない
考え方が違う製品同士をくっつけるという作業に対する、時間とコストの投資に対して、リターンが思ったほど良くない歴史があります。セールスフォース、SAP、IBM、Adobeなど大手の企業は時間と市場を買収で補っていくという戦略をとったのですが、PMIでうまくいったケースのほうが珍しくどちらかといえば思ったほどの相乗効果を生み出せなかった、または予想以上に時間がかかった、という黒歴史からの学びが多いでしょう。ビジネススピードが異様に早くなった
ビジネスのスピードと技術発展のスピードが驚異的に早い現在において、製品同士をくっつけるより、餅は餅屋の考え方でその領域のプロがその領域の製品のクオリティを高めていく方が合理的であるという考えが主流になっていることもあります。技術の発展
また、システム間の連携を前提とした製品開発のもと、開発時からAPI準備することが主流になってきていることも挙げられます。以前は製品連携は非常にシステムリソースを食うことも多かったのですが、AWSやGCPなどの普及により、インフラのクオリティとレベルが圧倒的に向上し、他システムと連携してもシステムパフォーマンスを維持できるようになったことも大きな要因だとおもいます。
なお、これらを踏まえた企業としての意思決定は、どこに影響を与えるかといえば将来の利益率になります。
US投資家は基本的に利益率中心主義なので、利益率が低下する可能性がある企業運営をしている会社に対しては、非常にシビアな株価の判断をします。
ここに掛け算として大事な要素となっていくのが、マーケット展開戦略になります。ある程度市場を占有できるようになった場合、次にどのようなマーケット展開戦略を取るかによって、更に将来性の判断がされていきます。
ここについては、後編で話をしたいと思います。