北京入院物語(35)
中国の寝台車には、1等、2等の区別があります。
1等が2段2列の寝台なのに対して、2等は3段2列になります。
私と周さんが使うのは1等寝台の下側2つです。
やがて若いアベックが上側の乗客として乗り込んできました。
午後7時少し前、列車はなんの合図もなく、軽くガクンと揺れると北京西駅を離れ、2000km離れた広州駅に向け、24時間の旅路につきました。
見知らぬ土地に向かう期待は、三木清の人生論ノート「旅について」に見事に書きつくされています。
(一部引用)
旅に出ることは日常の生活環境を脱けることであり、平生の習慣的な關係から逃れることである。旅の嬉しさはかやうに解放されることの嬉しさである。
窓際には、真っ白な布のかかったテーブルがあり、魔法瓶にはいっぱいのお湯が入っています。
窓の外は真っ暗で、遠くに家の明かりが瞬(またた)き、消え去っていきます。
部屋の電気はやや暗く、列車は25年前に向かいます。
こんな時は詩人でなくても、詩が書けそうです。
1等寝台車はコンパートメント形式で、ドアを閉めると小さな部屋になります。
見ず知らずのものが乗り合わせると、空気が固くなり息苦しいものです。
私たち2人は足を床につけて坐ることができますが、上側2人はこのままでは、空中にずーーといなければなりません。
そこでこの2人に「良ければ片側を空けますので、下に来ませんか?」というような中国語を何とか伝えて、4人が初めて顔を合わしました。
その頃の私の中国語は小学1年生程度だったにも関わらず、日本から単身漢方治療に北京に来たこと、これから広州の友達に会いに行くことを伝え、持ってきていたノートパソコンに保管してあった家族の写真やらを見せていました。
北京入院物語(36)