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渡る中国にも鬼はなし(21/67)

第4章 中国第3日目 蘇州->上海->昆明 
小さな事件


  いつの間にかそのデッキには小さな男の子を連れた20代の若いお母さんがやって来て、私の反対側の入り口付近に新聞を敷いて、子供とそっと腰を下ろしました。その列車は特急列車でしたが、自由席があったのか、その自由席が満員なのか分かりませんでしたが、親子はこのデッキにやって来たのです。やや色白の神経質そうな母親と髪の毛を短く切った男の子です。

 といってもお互い話もできません。狭い空間で私と添乗員さんと親子2人の計4名が居心地悪そうに座っていました。その情景は言うなればエレベーターの中で無言でいる時の息苦しさに似ていました。

 見覚えのある女車掌が連結部の分厚い鉄のドアを開けました。このドアが締まりが悪く、軽く閉めるとまた開いてしまいます。そんなわけで車掌は先ほどまで、かなりきつめにドアを閉めていたのですが、突然子供が泣き出しました。

 なんと指をドアに挟まれたようです。頑丈な作りのドアでしたから、先ほどまでと同じ調子でドアを閉めていたら、その子の指はどうなっていたか分かりません。運がいいことに、そのときだけは女車掌は、ゆっくりと静かにドアを閉めたのですが、そのドアに子供が運悪く指をかけていたのです。子供の指をお母さんが心配そうに触ると、子供は火がついたように泣きます。しかし、よく見ていると腫れてくることもなく、子供も段々と静かになってきました。

 女車掌は指が挟まれたことに最初気が付きませんでしたが、2度目にそのデッキに来た時にその事態を理解したようです。心配そうに子供の手を見ています。普通母親とその女車掌の間で何か話があるだろうと思っていたのですが、たいした話もありません。言葉が通じないので類推するしかないのですが、責任問題になりそうな雰囲気ではありません。

 しかし、そうとはいえ、母親は子供の手をしっかりと握りしめています。女車掌の同僚も事態を聞き、子供の指を見に来たりします。しかし、女車掌は頭を下げるでもなく、母親も問いつめるでもなく、一体どういうことになっているのか、私にはさっぱり分かりません。

 それだけのことであれば、ここにわざわざ書くほどのことでもないのですが、その子供がいかなる理由か、私の方をジーと見るのです。日本の「イイオトコ」を見ているという雰囲気ではありません。何かにらみつけているような雰囲気です。中国の学校ではこういうことを教えているのでしょうか?

 しかし、にらみつけられても私としては困ります。もちろん私がこのデッキにいなければ女車掌のドアの閉め方はもう少し違ったかも知れませんが、加害者はあくまで女車掌です。私は満員電車の中で、お嬢さんの大切なところを触ったと濡れ衣を着せられた中年男性のような気分になりました。母親は別に私をにらみつけたりしません。何か悲しそうに耐えているという雰囲気です。中国語が多少分かる我が訪中団の1人が母親に話しかけますが、「ニーハオ」に多少毛が生えた程度の語学力ではどうしようもありません。結局この小さな事件はその詳細すら不明のままになってしまいました。

渡る中国にも鬼はなし(22/67)

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