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退院後のその後①(過去記憶記事)
私は当時、こどもが大学病院を退院してからずっと、因果関係の追求にこだわっていました。なので、看護師が誤薬をしたことはほどなくして薄れ、何が原因で眼球偏位がおこったのか、が気になって仕方なくなっていきました。
誤薬により、致死的な危機を体験することになっていたならば、気持ちはまた違ったかもしれません。幸いにもそれは免れる事ができました。
仮説にはなりますが、もしかすると、本来なら程度の大きな痙攣が起こるというシナリオを、偶然にも抑えた可能性もあるかもしれません。
いづれにしても、なぜあんなに元気だったのに、突然、このような事が起こったのか、、、。脳腫瘍の可能性は否定され、その後の脳波の検査でも、てんかん波も出ず、ただ、定期的に出現する症状だけが残るのみ、という宙ぶらりんな状況でした。
その宙ぶらりんは、私のモヤモヤを加速させていきました。
眼球偏位は、その後しばらく続きました。真っ直ぐ歩けていた歩行も緩やかに右に傾くようになっていました。けれど、これが、無意識を意識的に歩くように促せば、修正できるレベルの、親だからこそわかる不具合で、環境の違う病院で、無意識の歩行状態をみせるのはタイミング的にとても難しいものでした。
前後があってこそわかる不具合。あんなに食べるのが早かったのに、驚くほど遅くなり、注意散漫な事もしばしば。けれど、そのとき起こっていた現象や症状を起点にみると、臨床的には軽度。
しかし、ぐんぐん成長していた経過が急に後戻りしていく感覚は、私の心にとても強い違和感を残していきました。
半年が過ぎた頃からだったでしょうか、熱を出すと痙攣を起こすようになりました。俗に言う熱性痙攣です。
しかし、少し違うのは、熱の度に起こる上に、起こるととまらないという点。診断名は熱性痙攣複合型となっていました。
その後もしばらく脳波の検査は続きましたが、一度も、てんかん波がでることはありませんでした。