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八つ橋とフシギな体験
僕が1番、すきなたべものは八つ橋です。
子供のころから、すきです。
八つ橋との出会いは小学2年生のときです。
姉が修学旅行の京都みやげで買ってきたのをたべたのが、はじめての八つ橋体験でした。
その時の衝撃は、今でもハッキリおぼえています。
こんなおいしいものが世の中にあったとは・・。
驚きのあまり、「これはおいしいどすえ~。おいしすぎる罪で逮捕どすえ~」と、浪速っ子の僕が、つい京都弁で唸ったほどです。
以来、僕の中で八つ橋は、ずっと不動の1位をキープし続けています。
八ツ橋は味だけでなく、歴史もまた素晴らしいのです。
いまから約400年、八つ橋検校という琴の名人が京都におりました。
その方が亡くなったあと、お墓には連日、彼を偲ぶ方で、大行列ができたそうです。
検校の弟子たちは「先生のためにありがたや。なにかお礼をせねば」と考えました。
そして、思いついたのが、琴の形をしたお菓子を作ることでした。
それを参列者に配ると大評判。
現在に至るということです。
どうですか。このビギニング。
僕は、これを知ったとき、感動して、涙が止まらないどすえ~状態になってしまいました。
さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。
大学時代のことです。
八つ橋好きがこうじて、「八つ橋」を卒論のテーマに選んだ僕は、執筆のため、八つ橋検校のお墓がある、京都の金戒光明寺を訪ねることにしました。
出町柳駅から歩いて10分。
一応、寺についたのですが、肝心のお墓がどこにあるのかわかりません。
そこで通行人の方にきくと、「そこの階段をのぼった先どすえ~」と教えてくれました。
見ると、ものすごく長い階段がありました。
見ただけで疲れた僕は、引き返すことを一瞬、考えましたが、せっかくきたので、のぼることにしました。
実にしんどい階段でした。
「死んでしまうどすえ~」と、何度も口走りながら、のぼりました。
へとへとになって、頂上についたときは、「やったー」と叫んだと同時に、バターンと大の字になって、倒れてしまいました。
そこから、しばらく行った先にお墓がありました。
僕は手を合わせ、「今度、検校先生のことを卒論で書かせていただきます。よろしくおねがいします」と報告しました。
その後、長い長い階段をのぼったせいでしょう。
急におなかがグーと大きく鳴りました。
だから、駅で買った八ツ橋をたべることにしました。
カバンから1つ取り出し、バクっと口に入れました。
その瞬間です。とてもフシギな事が起きたのは。
「♪ ポン、ポロロロン~」
と、どこかから、琴の音が聞こえてきたのです。
周りをみても、どこにも人影は見当たりません。
僕は思いました。
もしかして、これは検校先生が、あの世から、『若者よ。がんばって、立派な卒論を書くんじゃぞ』と、エールを送ってくれているのではないか?
僕は改めて、お墓に手を合わせ、「先生! 必ずや期待に添える、最高の卒論を書き上げてみせます!」と、固く誓いました。
大学の寮に帰ってから、僕は今日のフシギな出来事について、同室の後輩に語りました。
すると後輩はこんなことをほざきました。
「琴の音が聞こえてきたんですか? それはたぶん、近くに和風ソープでもあったんちゃいますか?」
僕は八つ橋検校の琴で、後輩のアタマを思いきり、どついてやりたくなりました。