3番目の席
淋しい月曜日、つーさんの面会に行ってきた。
つーさんについては、こちらの辺りの記事をご参照ください↓
年末年始を経て、久しぶりの面会。
わたしの舌痛症騒ぎがあって、ふた月くらい空いてしまったかもしれない。
フラフラと面会室に入ってきたつーさんはすこしヨボついた容貌になり、明らかに白髪が増えた。
足取りはなんだか、かなりおぼついていない。
アクリル板越しに「大丈夫?」と尋ねると、夜に飲んでいる安定剤の影響で日中はこうなのだ、だから心配しないでいい、と何度も首を振る。うなずくのではなく、首を振りながら「大丈夫」と繰り返すので、おそらく大丈夫じゃないんだなと思う。
拘禁生活に入って14年目に入るつーさんは、昨年の春から大きく精神的に持ち崩し、それまで「絶対飲まない」と言っていた精神安定剤を処方量の限界まで服用されている。夜眠る前にそれを飲むので、日中、とくに午前中はその影響でフラフラとしているのだという。
思考がややクリアになるのは夕方から就寝時間の3~4時間くらい。そのあいだに、手紙を書いたり、やらなければならないことなどをするのだと。
昨春までは房内で精緻な色紙作品を作ったり、本を読んだり、お花の世話をできていたことを考えると、いまは本当にしんどそうに辛そうに見える。
そんな状態でも、「ワシのことよりののっつさんの舌の病気が心配や。いまはそれが最優先やで」と気遣ってくれるのだが、明らかにつーさんの方が事態は重傷である。
拘禁された過酷な状況で、それでも外にいる人を気遣えるというのはどういう心のはたらきなのだろう。人の精神性というか、尊さを見る思いがしてしまう。つーさんは、心が強い。強いと本当に思う。わたしならもっともっと手前の時点でもう、心はぺしゃんこだろう。
なるべく楽しい話をする。
友人がくれたモロッコ旅行の写真を、あらかじめつーさんに送ってあった。
サハラ砂漠でラクダに乗った友人がとてもいい笑顔をしていることや、フェスという旧市街地には猫がたくさんいてレストランの椅子に猫が乗っていたことなど、話す。
この狭くて冷たいコンクリート色の面会室からは想像もできない自由な世界の話だ。でもここと、そのモロッコの市街地やサハラ砂漠とはちゃんと繋がっている、同じ世界の話なのだ。
つーさんはいわゆるシャバにいた頃は海外旅行へ行くのも好きだった(まだ行ったことのない国も、ガイド本を買って読んでいたりした)ため、世界の国々のことに詳しい。サハラ砂漠も位置によって特徴が違うとか、モロッコのフェスは北へ向かえばスペインに近いからこういう感じなのらしいとか、海外旅行に興味のないわたしは「へぇ~」と感心するのみ。スマホも世界地図も手元にないのに、よく覚えているなあ。
「いまワシがいちばん行ってみたいのは、チェーク諸島のジープ島。満天の星を独り占めしてみたい」
と言う。そんな島があるんだ、聞いたこともなかった。つーさんはどこでそういう島のことを知るのだろうか。
星が綺麗なのはいいねぇ、いつか行ってみたいねぇ、と返す。どれくらい星がすごいんだろう、と想像しながら。
面会時間の15分はあっという間に過ぎ、「そろそろ」と立ち会いの刑務官に促され、面会室から去らなければならない。
分厚いドアを閉めながら、「じゃあまたね、また来るからね、元気でいようね」
口早に伝える。それしか言えない。ドアが閉まる寸前まで、隙間から顔を見せて手を振る。
歯磨き粉、ピコラ(チョコ菓子)、御あられかきもち、など差し入れのリクエストを手帳にメモっておいたのだが、ロビーに戻るとすでに売店にはシャッターが閉まり、昼休みの時間に入ってしまっていた。
しまった、と思う。
午前の面会時間のギリギリに来てしまったがゆえの失敗である。
(面会は12時まで、売店は12~13時が昼休みなのでギリギリ間に合わなかった)
帰ったらすぐに、代わりの現金の差し入れを送ろう、と決めて、拘置所をあとにする。
・・・
帰りにいつものカフェ、今日は3番目の席。
いつものようにカプチーノをたのむ。
友人がモロッコのおみやげに、と送ってくれたポストカードを眺める。
いま自分がいる場所とは別の世界みたいに見える。
色鮮やかで、広くて、自由でいいな。
そういえば、ジープ島ってどんな島なんだろう。星がすごいと言っていたが。と思い、スマホで「ジープ島 星」と検索。
ああ、これは確かにすごい。すごいな 。
行けるものなら行ってみたいし、見てみたい。
(でもわたしは飛行機が大の大の苦手なので無理なのであるが……)
つーさんにもこの星を見せてあげたいものだ。
帰り道、本屋で「地球の歩き方」のモロッコ編がないか見てみたが見当たらず、代わりに元コックさんのつーさんの好きそうな「地球のかじり方」を差し入れに購入。
本はもうあまり読めない、と言ってたけど、眺めるくらいならできるかな、と思い、送ってみる。