烈空の人魚姫 第1章 フレイム1号の帰還 ②水中ロボット泥棒
次の日の朝は霧が立ち込めていた。
霧が出るってことは今日は晴れに違いない。
カケルは勢いよくベッドから飛び起きた。
今日も明日も夏休みだから学校も休みだし、ゆっくり水中ロボットフレイム1号の動作試験ができる。
昨日の気分の悪さも朝にはましになっていた。
自転車でいつものようにフレイム1号を乗せて天空海岸に向けて走り出す。
海岸と向こう岸を繋ぐ細長い陸地が見えてきた。
風土記によると、天界と下界を繋いでいたと言われる橋みたいな細長い地形で天空橋と呼ばれている。
百人一首の和歌の中にも登場する見晴らしのいい名物スポットは朝霧が漂っていて、カケルは近くを通るたびにより一層雲の上にいるような幻想的な気分にさせられた。
上田たちもよくこの辺りで遊んでいるけど、今日は見当たらないのでカケルはほっと安堵する。
フレイム1号との出会いは【はじめての水中ロボットキット】をお母さんに買ってもらった時からだった。
このキットは付属の水中ロボット操作アプリが付いていて、子供でもラジコンを動かすみたいに浅瀬で潜水を楽しむことができる優れものだ。
大きいガチャのようにころんとした丸い球体の中に組み立てキットが入っていて・・・初めて見た時のわくわく感といったら!
カケルは目を輝かせながら工具を使って組み立てていった。
わからないところは海洋研究所の動画【はじめての水中ロボット講座】を見て勉強した。
この水中ロボットキットと操作アプリ、動画はセットで海洋研究所の藍澤博士が開発している。
カケルは藍澤博士のファンで、いくつかの研究所の動画も夢中になって見ていた。
そして藍澤博士がマリアナ海溝みたいな深い海域で海底探査をしている動画を見た時、深い海の底にはきっと何かあると直感した。
昨日の浜辺に到着すると、岩場にパソコンを置いて操作アプリを起動した。
「昨日は入力するのを忘れてたんだよな」
カケルはこの水中ロボットキット付属アプリの初期設定をし忘れていたのだ。
ロボットの持ち主の名前、ロボットの名前、潜水する目的をアプリに入力すると水中ロボット本体に連動してプログラミングされる。
カケルが入力し終わると、フレイム1号の2つのランプがピカピカと光った。
「これからよろしくね」
カケルはフレイム1号の両腕のマニュピレータをぎゅっと握った。
そしてズボンの裾をまくり上げるとフレイム1号を掲げて海の中に入っていく。
ひんやりとした海水の感触に緊張が増した。
「今日こそうまくいきますように」
カケルは祈るように両手に持っていたフレイム1号を海面に泳がせる。
泡津湾は岩場が多く海底は深くても50m、泡津沖にある星見海付近の海域で250mくらいだという。
マリアナ海溝みたいに深くはないけど、深海に少しでも近づけた気分になってカケルは胸が高なった。
7月の日差しで波がきらきらと光っていた。
こんなにもじりじりと照る太陽の光も1000m以降の深海には届かないという。
この海の中は、地上の世界とは全く異なる世界が広がっているのだ。
不意に奇妙な視線を感じて、カケルは霧でもやがかった沖合いを凝視した。
何か、いる。
薄らとした黒い影は近づくたびにしっかりとした輪郭で出現した。
カケルは何だろうと背背伸びをして身を乗り出した。
その時だった。
黒い影が一瞬海に潜ったかと思うと、突如カケルの目の前に浮上したのだ。
カケルは絶叫した。
赤茶色い体をしたこの生き物は図鑑で見たことがある。ダイオウイカだ!!
『ふぉーほっほっほー!!!君はもしや深海に興味があるのではないかね?』
カケルの何倍もの大きさのそのダイオウイカは水しぶきとともに足をぐねぐね動かしながら海の中から這い出るかのように海面に姿を現した。
「なんで、ダイオウイカがここに?!!」
カケルはようやく声を出すことができた。
どうして岩だらけで海の中では浅いこの泡津湾にダイオウイカが出現するんだろう。
というか今喋ってた?いや聞き間違いだろう・・・。
『聞き間違いではないぞ。我の名はダイオウイカ先生である!君の目は・・・間違いない。深海に行きたい目だ。違うかな?』
ううーん。やっぱり喋っている。
ダイオウイカ先生はぎらりと目を光らせた。
(確かに行きたいけど、助手って。僕、小学生だし・・・)
そもそもダイオウイカが先生って、なんてへんてこなんだろう。
よくみたらダイオウイカの頭のてっぺんに博士帽がちょこんと乗っている。
海中に漂っていた帽子をそのまま被ってるんじゃないだろうか。
カケルの疑いの眼差しが伝わらなかったらしい。ダイオウイカ先生はらんらんと光る目をより一層輝かせた。
「行ってみたいのであるな?!それじゃあ話が早い。ちょうどアトランティス大学の助手が不足していたのである。ワガハイ、大学では【記憶のカケラ】の研究をしているのだが、助手も足らないし研究室の学生も足らないし、ついでに准教授もいないしで困っていたのである!!君を取り急ぎ助手にするのであるっ!」
次の瞬間、ダイオウイカの腕がにゅっと伸びた。
カケルは慌てて砂浜に上がろうとするも、足を捕らえられてしまった。
そして叫ぶ間もなく、海の中にひきづりこまれる。
無数の泡が空に舞い上がるみたいに海の底から湧き上がっている。
混濁する視界の中輝く泡をカケルは眩しく見つめる。
なんて綺麗なんだろう。
しかしダイオウイカ先生に巻き付かれたまま、カケルの体はどんどん海の中深く沈んでいく。
カケルの頭の中の警告音が最大級に鳴り響いた。
このままじゃ溺れてしまう!!助けて!!!
その時だった。
カケルのSOSを受信したみたいに、頭上から強い光が差し込んだ。
太陽光ではない。これは電子の光。
「ふれいむ・・・1号・・・」
カケルは目を見開いた。
海面にいたはずのフレイム1号が、カケルとダイオウイカ先生に向かって勢いよく潜航してくるではないか。
『カケル、タスケニキタ』
フレイム1号は両腕のマニュピレータをカケルの方へ伸ばす。
(フレイム1号、今、喋った・・・?)
フレイム1号の照明の光に気づいたダイオウイカ先生は潜るのをぴたりと止める。
『やけに眩しいと思ったら・・・君は誰だね?むむむ・・・もしやそちらの君よりも助手として使えるかも・・・?』
ダイオウイカ先生はパッとカケルを手放した。
そして代わりにフレイム1号の機体に巻きつく。
『こちらの君をスカウトするのである!一緒にアトランティス大にくるのだ!』
やめろ・・・!カケルはそう叫んだが空気を求めて体はぐんぐん海上に向けて浮上していた。
フレイム1号を奪ったダイオウイカ先生というと、満足気に微笑んだのち瞬く間に海の底深く消えていってしまった。
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