【ショートショート】「救いの王子様」〜古蓮町物語シリーズ④〜
俺は救いの王子様になりたかった。
『誰かがアイスの当たりを出すまで店番をする』
駄菓子屋、羽屋商店のおばあさんと、そういう約束をしている女の子を救出するため、俺は手に100円を握りしめて、アイスで当たりを出すべく戦地へ向かった。
昨日はバニラに敗れて救い出すことができず、軍資金調達のために家へ戻っているうちに、不覚にも他の人に当たりを出されてしまった。
今日はチョコ一択。
今日こそ俺が当たりを出して、女の子を店番という苦役から救い出すんだ。そしてこの街に初めて来たというその子に街案内する。
昨日の約束を果たすためにも、負けられない戦いだ。
決意を持って駄菓子屋に行った俺の姿を見るなり、女の子は笑顔で「遊ぼうよ!」と言ってきた。
「え?……あ……う、うん」
「おばあちゃん、遊びに行って来るね」
「はいはい。気を付けていくんだよ。店番ありがとうね」
……あれ?
今日はもう店番から解放されていた。
「ねぇねぇ、この街を案内して欲しいな。私は迫沼美森。5年生だよ。よろしくね」
「俺は谷東大和、6年生。……って、今日は店番終わったの?」
迫沼美森と名乗った女の子は、俺に『あたり』と書いてあるアイスの串を見せた。さっき来たお客さんが当たりを出したのだと言う。
なぜお客さんが出したはずの当たりの串を美森ちゃんが持っているのかは分からないが、何となく拍子抜けだ。
確かにこの子と遊ぶために当てようと思っていたのだけれど、労せず遊べるというのも……。
「大和くん、行こう」
美森ちゃんは俺の手を握って走り出した。
温かく柔らかい手の感触は、俺の顔を夏の日差し以上に熱くした。
誰かに見られたらどうしよう?
そうも思ったが『このままでいたい』という気持ちの方が勝った。
手をつないだまま歩く俺たち。
他の人が見たら、付き合っているように見えたりするのだろうか。
「熱い熱い。二人はもうチューしたのかなぁ?」
向かいから歩いてきた男子中学生3人組が冷やかしてきた。
俺たちは無視して歩いたが、そのとき中学生の1人が美森ちゃんが持っていたアイスの串をスッと取り上げた。
「アイスの当たりじゃん!これ持って駄菓子屋に行こうかな」
「返して!私の大切なものなんだから!返して!!」
美森ちゃんは必死に取り返そうとしている。
「アイスがもらえるのがそんなに大切なんでちゅか?お子ちゃまだねぇ」
中学生はゲラゲラ笑っている。
事情は分からないけど、人が大切にしているものは大事にしなきゃならない。
よおし!俺が取り返してやる!
救いの王子様になるときがとうとう来たんだ。
「それ返せよ!」
俺は突っ込んで行った。
アイスの串に手がかかる。
「あ、この野郎!」
中学生が強く引っ張った。
「やめて!」
美森ちゃんが叫んだその瞬間、
バキッ!
串は2つに折れてしまった。
手の中のささくれた木の先端に書いてある『あたり』の文字がやけにはっきり見えた。
「いやー!!」
美森ちゃんの声が響く。
頭が真っ白になった。
「……ご……ごめん……取り返そうとして……俺」
美森ちゃんは泣いていた。
そして俺を一度も見ることなく、今来た道を走り去っていった。
「ちょっとあんたたち、ウチの弟に何やってんの?」
突然後ろから声が聞こえてきた。
振り向くとそこには俺の姉、谷東真生が立っていた。
「谷東!お前の弟なのか?」
「そうだよ。小学生をからかってんじゃないよ。みっともない」
真生姉は腕を組んで仁王立ちしている。
「いや、お前の弟たちがラブラブだったからさぁ、つい……ハハハ」
ヘラヘラしながら中学生は折れた串を草むらに投げ捨てた。
「悪かったな弟。じゃあな」
中学生が去って行った瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。
救いの王子様になれなかった。
それどころか、美森ちゃんが大切にしていたものまで壊してしまった。
真生姉が俺の様子を見ていたのは分かっていた。しばらくして、真生姉も俺に声をかけることなく静かに去っていった。
※
横にたなびく雲がオレンジ色に染まり、その中心にある太陽は今まさに遠くの山へ帰ろうとしていた。
美森ちゃんのことが気になった私は、駄菓子屋さんへ向かった。
私が当てたアイスの串。それを使って『弟と遊んであげて』と女の約束をした。美森ちゃんは快く受けてくれた。
それがまさかこんなことになるなんて。
ヒグラシの切ない鳴き声が辺り全体を包んでいた。
「大和も悪気があったわけじゃないんだよ。ごめんね」
弟の名誉のためにも姉の私がフォローしてあげなくちゃ。
「うん。分かってる。でも、串が……『女の約束』が……ごめんなさい」
私と交わした約束、私があげたアイスの串、それを大切にしてくれていた。たかが『あたり』と書いてあるアイスの串なのに。
ごめんなさいって涙まで流して……。
いい子過ぎる。
そのとき、少し離れた生け垣が揺れた気がした。
様子を見に行ったが、誰もいない。
見回してもそこにあるのは、暗くなりかけた空と、たまに光るホタルの明滅だけだった。
戻りかけたとき、
あっ……これ……。
下手すぎて思わず顔がほころんでしまった。
「あいつ、不器用だからさ。ホントにごめんね。こんなことしかできなくて」
私は美森ちゃんに渡した。
まだよく乾いていない木工用ボンドとセロハンテープでつながれた『あたり』と書いてあるアイスの串を。
捨てられた串を探して、不器用なくせに元通りにしようと一生懸命頑張ったのだろう。
すごくヘタクソだけど、必死な気持ちもすごく伝わってきた。
「大和くん……」
美森ちゃんは涙を拭きながら笑っていた。
「真生姉、大和くんに伝えて。明日も遊ぼうねって」
美森ちゃんにも『真生姉』って呼ばれちゃった。
大和、お前は救いの王子様にはなれなかったかもしれない。
でも、美森ちゃんの心に残る友達にはなれたかもしれないね。
私はドジでマヌケで不器用で、どうしようもない弟を少しだけ誇らしく思えた。