【ショートショート】「最高級のきゅうりとナス」〜古蓮町物語シリーズ⑦
「ご先祖様が泊まりに来るからな、ちゃんと迎える準備せにゃいかんのよぉ」
少し曲がった腰で、おばあちゃんはせっせと用意を始めた。
8月13日。
いつもうるさく暑苦しい蝉の声も、今日はなぜか神聖なものに聞こえた。
「おばあちゃん、私も手伝うよ」
声をかけると、おばあちゃんは私の方を振り返ってニッコリ笑った。
「それじゃあ、きゅうりとナスを1つずつ持っておいで。なるべく立派なやつな。あと割り箸をニ膳」
料理でもするのだろうか? それなら台所ですればいいのに。
不思議な指示に首をかしげながら、私は言われた通りに持って行った。
「これでいいの?」
おばあちゃんは「おぅおぅ」と言いながら2度3度とうなずく。
「これからみーちゃんに作ってもらうのは、ご先祖様の乗り物だからね。ちゃんと作るんだよ」
ご先祖様の乗り物……?
迎え入れる準備が終わったら、迎え火を焚く。
ご先祖様たちは迎え火を目印に、きゅうりの馬に乗って帰って来る。早く帰って来て、少しでもゆっくりして欲しいから足の速い馬で迎え、帰りはゆっくり帰って行けるようにナスの牛で送るそうだ。
「おばあちゃん!何? その話?」
私はちょっとガッカリした。
おばあちゃんは怪訝な表情を浮かべる。
「みーちゃんはそういうお話、嫌いかい?」
おばあちゃんをチラッと見て、小さくため息をついた。
———まったくもう。これだから最近の年寄りは!
私は持って来たナスときゅうりをムズッとつかんだ。
「そういうことなら最初に言ってよ!ご先祖様がもっと乗りやすい形のを探してくるから!」
ただ大きいだけじゃダメだ。
もっと乗り心地が良くて、みんながゆったり乗れそうなのじゃないと。
まっすぐすぎると揺れたら落ちちゃうかもしれない。ちょっと曲がっていて、座ると腰が沈み込むような安定感。それが一番乗り心地が良い最高級のきゅうりとナスだ。
何個もあった中から厳選した。これなら間違いない。
「ねぇ、おばあちゃん。これならご先祖様、絶対乗り心地いいよ」
戻って来た私を見ると、おばあちゃんは微笑みながらうなずいて、右目を手ぬぐいで拭いていた。
「おばあちゃん、どうしたの?」
目にゴミでも入ったのかな?
「何でもないよ。ただな、今年帰って来るご先祖様たちは幸せだと思ってなぁ」
私は、きゅうり馬とナス牛を作って、盆提灯を組み立てた。そのうちにおばあちゃんは盆棚の飾り付けをほとんど終わらせていた。
「これで今年もみんなを迎えられる……」
おばあちゃんは壁に飾ってある遺影を見て静かにうなずいた。
太陽が西に沈みはじめた。
ヒグラシの鳴く声が、夕方の涼やかな風に乗って耳元に運ばれてくる。
「みーちゃん、迎え火を焚くよぉ」
「はーい」
おばあちゃんが麦わらに火をつけると、パチパチ音を鳴らしながら煙が昇って行く。
すると煙は風に乗って、おばあちゃん家の方に吸い込まれるように入って行った。
ご先祖様たちは、この時を今か今かと待っていたのかもしれない。
お迎えが来た瞬間に、みんなできゅうりの馬に乗って来た情景を煙に重ねて想像していた。
みんな、おかえりなさい。
ゆっくり楽しんで行ってね。