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【ショートショート】「びっクリな生い立ち」/写真de妄想

「俺、今まで黙っていたけど実は野球ボールなんだ」
 左栗は近くにある柱に寄りかかっているつもりで心の内を明かした。

「え……な……何言ってんだよ。嘘だろ?」
 右栗は努めて呆れ顔を作り、空笑いをした。

 その言葉には返答せず、左栗は遠い目で虚空を見ている。

「う……嘘を言うのも大概にしろよ!そもそも大きさが違うじゃないか!」
 右栗の言葉は必要以上に怒気をはらんでいた。

「今は本気を出していないからな。本気を出せば今の2倍くらいの直径にはなる」
 左栗は冷静で淡々としていた。

「は……はぁ?じゃ……じゃあその色は何なんだよ!全然違うじゃないか!」
 仮に2倍に膨らんだとしても、大きい栗でしかない。

 左栗は空を見上げた。

「なあ、お前シマエナガって知ってるか?」
「雪の妖精って言われている白い鳥だろ?そりゃ知ってるさ」
 その時、右栗はハッとした。
 シマエナガの体毛は、冬の期間は真っ白だが、夏になると茶色になることを思い出したからだ。

 まさか……。

 右栗の唖然とした鬼皮かおを見て、左栗は優しくうなずいた。
「そう。俺は冬になると皮が生え変わって白になるんだよ」
 穏やかに話す左栗。そして一枚の写真を右栗に渡した。

「これが……お前なのか?」
「ああ、俺の冬の姿だ。冬は防寒のために皮が厚くなるから、頑張らなくともこのサイズでいれる」
「そ……そんな!嘘だろ?嘘だと言ってくれ!」
 右栗が左栗に詰め寄る。

 左栗はいぶかしく思っていた。
 右栗は何か焦っているようにさえ見える。なぜこんなにも強く認めようとしないのだろう?

 次の瞬間、今度は左栗がハッとした。

「まさか……お前……」

「そうだよ。気づいていたんだよ。でも、俺はお前に栗のままでいて欲しいんだ」
 だからこの話には触れずに今まで過ごしてきた。もし俺が正体を知っていることをお前が知ってしまったら、お前はここを離れるつもりだろうと思っていたから……。

 先月、甲子園のテレビ中継が聞こえてきたとき、ソワソワする左栗を見て、右栗は不思議に思っていた。
 その頃から右栗は薄々勘づいていたのである。
 そして左栗に二本の線があるのを知ったとき、右栗の疑念は確信に変わっていた。

「もしかして、行くつもりなのか?」
 右栗が寂しそうに問いかける。
「ああ、もう夏も終わったしな。そろそろだと思っている」

 二栗の間を涼しい風が吹き抜けた。
 それは秋の訪れを感じさせた。

 右栗はため息をついて、吹っ切れたような鬼皮になっていた。
「じゃあ、オレのおふくろに会ったら『元気でやっている』と伝えてくれないか。」
 栗では動くこともままならない。
 今までの友情の証として、左栗は右栗の願いを叶えたいと思った。
「ああ、伝えてやるよ。お前のおふくろさんの写真を見せてくれないか」
 うなずいて右栗は一枚の写真を左栗に手渡す。
「それがおふくろだ」

 左栗は写真を見て衝撃を受けた。

 そ……そんなバカな……!

 次の年、秋の訪れを感じる頃、窓辺に二つの栗の姿があった。
「ボールになっても結局動けないことを悟ったんだよ」
 左栗は昨年のことを思い出していた。
「そうなんだよな。俺も気付かなかったよ、兄さん」
 右栗も鬼皮に苦笑いを浮かべる。

 二栗は生き別れの兄弟だった。
 右栗が持っていた写真は、左栗が持っていた母の写真と同じものだった。

「おふくろのように空を飛べれば、俺たちも動けるのにな」

「いつかなれるかな?おふくろのように」

「なれるさ、そのうち。そしたら一緒に会いに行こうぜ」



 二栗は母親の写真を取り出した。




「な、おふくろ」




 二栗の心には、突然の訪問に驚いた母親がカマを振り上げて威嚇する姿がありありと浮かんでいた。



こちらに参加させて頂きました。ありがとうございます😊
写真のお題というのも楽しかったです。
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