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【ショートショート】「女の約束」~古蓮町物語シリーズ③~

 なんと嘆かわしい世の中だろう。

 部活からの帰り道、お揃いの棒を持って楽しそうに語らいながら歩いて行く一組のカップルとすれ違った。それがこともあろうに小学生らしき男女だったのである。

 蝉の鳴き声が四方から聞こえる。
 田園風景を吹き渡る風さえ暑苦しいのに、それに拍車をかけてくれる光景ではないか。

 自慢ではないが私、谷東真生たにひがしまいは中学2年生の現在まで男子と2人きりで歩いたことなど一度もない。
 まったく、うらやま……いや、嘆かわしいことである。 

 怒りに近いため息を吐きながら家の玄関の前に立つと、突然引き戸が開いた。いつの間に自動ドアになったのか、と思うほどのタイミングで。

 自動ドアの正体は私を見るなり、すがりついてきた。
真生姉まいねえ、一生のお願いだ。俺に20円貸してくれ。今度の小遣いで必ず返すから」
 弟の大和やまとである。2人姉弟なのになぜか私を『真生姉』と呼ぶ。
「20円? なんで?」
 弟がかなり切羽詰っているのに、私は思わず吹き出してしまった。
 一生のお願いが20円なんて。小学6年生の考えることは理解不能だ。
「人を救うために必要なんだ」
 頭を下げてお願いしてくる。
 20円くらいなら、すぐに貸してもいいし、何ならあげてもいい。
 大和は普段決してこんなことをしない。それなのに20円を獲得するために必死になっている。
 興味が泉のように湧き出てきた。
「人を救う? どうやって?」
「そ……それは言えない」
 下を向いて口ごもる大和。

 ますます興味深い。
 楽しい匂いがプンプンする。
 ここは問い詰めるよりも素直に20円貸してあげて、どこに行くのか尾行した方が面白そうだ。

「ふーん、いいよ。持ってくるから待ってて」
 興味がなさそうに振舞うのも大変である。できる限りの素っ気ない態度を作って部屋へと向かった。
「真生姉、ありがとう!」
 後ろから大和の声が響く。

 部屋に入ってすぐに着替えた。尾行には制服ではなく、目立たない服装の方が良い。そして20円を手に持って弟が待つ玄関へと行く。
「はい、20円」
「ありがとう! じゃあ行って来る!」
 大和は颯爽と駆け出した。

 私も少し間をおいてすぐ後を追った。
 毎日テニス部で鍛えている。小学生の足に負けるわけがない。
 大和は必死に走っている。あれだけ必死なら尾行されていることにも気付かないだろう。

 家から5分と離れていない所で大和の足が止まった。
 私は慌てて木の陰に隠れる。
 すると大和は一軒の店の方へ歩いて行った。

 ……駄菓子屋? 

 大和の目的地はどうやら、駄菓子屋さんの羽屋はねや商店のようだ。
 あの店には、おばあさんが一人で暮らしているはず。『人を救う』とは、駄菓子屋のおばあさんのことだろうか?

 程なくして、大和が肩を落として歩いてきた。

 ガッカリしている……?
 なぜ?

 大和は家に戻るつもりだ。そう直感した私は、見つからないように家への道を急いで先回りした。

「真生姉、20円返すわ」
 帰って来た大和は静かに言った。
「あれ?人助けは?」
「うん……もういいんだ」

 次の日の部活帰り、私は気になって駄菓子屋さんに行った。
「いらっしゃいませ。当たり付きアイスがお勧めですよ。バニラとチョコがあります」
 小学生くらいの女の子が店番をしていた。
 おばあさんのお孫さんだろうか。 目がクリクリしたパッツン前髪の可愛い子だ。

 当たり付きのアイスかぁ。昔、私もよく食べていたなぁ。

 なんとなく懐かしくなって、チョコの方を買い、店先にあるビールケースを裏返した椅子に座って食べることにした。

 あれ? この子、昨日すれ違ったあのカップル小学生の女の子だ。
 ただの浮かれた今どき小学生だと思っていたのに、おばあさんの代わりに店番をしているなんて感心な子じゃないか。

「おばあさんの代わりに店番してるの?」
「うん。誰かがアイスで当たりが出るまで店番することになってるの」

 なるほど。だから当たり付きアイスを勧めるわけか。
 アイスを食べる人が多ければ、それだけ当たりが出る確率が上がる。それで当たればこの子は店番から解放されるわけだ。

 『人を救うために必要なんだ』
 大和の昨日の言葉が思い出される。
 もしかして……。

「昨日アイス買いに男の子が来なかった? 白のランニングと茶色い短パンの子」
「来たよ。バニラを食べてチョコも食べようとしたんだけど、20円足りなくて戻って行ったの」

 やっぱり。
 大和はここでアイスを買って当たりを出して、この子を店番から救いたかったんだ。でも、その後に来た男の子がアイスで当たった。それでその子がこの女の子の王子様になった。
 そんな感じだろうか。

「ねぇ、昨日私とすれ違ったよね? 男の子と遊んでいたとき」
「あ、やっぱりそうだったんだ。見たことあるなぁって思ってたから」
 笑顔で答えるその顔は、”チャーミング” という言葉が相応しい。大和もやられるわけだ。
「あの子、彼氏なの?」
「ち、違うよぉ。初めて会った子。でも、おばあちゃんが遊んでおいでって言ってくれたから」
 女の子は少し頬を赤くした。
 目をキョロキョロさせたり、はにかんだり、表情豊かな子だ。
「なあんだ。じゃあさぁ、昨日の20円足りなかった子が来ても遊んでくれる? 私、その子のお姉ちゃんなの」
 女の子は目を丸くした。本当に表情がコロコロ変わって可愛い。
「そうなの? 私この街に来たばかりだから、友達いないし、遊んでくれるんだったら遊びたいなぁ。店番が終わったらだけど」
「多分もうすぐ来ると思うんだよね。弟。そしたら遊んであげてね。じゃあまたね」
 私は帰路につこうと立ち上がった。
「あ、私がここに来たことは弟には内緒ね。女の約束。絶対だよ」
 そう言って私は女の子にある物を渡した。
 女の子はそれを見て、
「うん。わかった。女の約束ね」
 ニコッと笑った。

 家に着くと、大和は茶の間でダラダラとしていた。
「人を救いに行っておいで」
 そう言って、私は大和に20円を渡した。
 大和の目に生気が蘇る。
「真生姉、ありがとう!」
 飛び出すように家を出て行った。

 大和は当たらないかもしれない。
 でもあの女の子と遊ぶことができるだろう。
 あの子は、私との『女の約束』を持っているから。


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