【ショートショート】「星に導かれた光」/星が降る
星が降る『昼』だった。
太陽がなければ、空には星が煌めく。
今、俺の心は星が降る昼だ。
失恋したわけではない。
希望の光を失ったわけでもない。
それなのに俺の心は太陽を失っていた。
思えばあの日。
目が覚めた時に枕が濡れていたあの日からかもしれない。
思い出しそうで思い出せない夢。
大切な夢だったはずなのに、まったく思い出せない。
覚えているのは一言だけ。
「一緒に見たかった……」
あの日から心は昼でも満天の星が輝いている。
悲しく……そして切なく。
※
「あの……落ちましたよ」
振り向くと、俺のハンカチを手に持っている女性がいた。
「あ、すいま……せ…」
!!
……なぜ?
すべてが消え去るかと思うほどの衝撃が頭を駆け巡る。
俺を見た女性も、拾ってくれたハンカチを落として目を見開いていた。
「百合……」
「朔弥くん……」
自分の口から出てきた知らない名前。
反射的に手で口を塞いだ。
彼女も同じことをしていた。
会ったことがないはずの人。
知らないはずの名前。
なぜ知っているのだろう。
なぜ驚くのだろう。
なぜ彼女も同じ反応なのだろう。
なぜ彼女は……俺の名前を知っているのだろう。
「どうして……」
言葉を発してみたものの、どう質問すれば良いかわからず、口を開けたまま固まった。
その様子を見て、彼女が口を開く。
「……夢を見たの。私が星降る夜に死んじゃう夢を」
「星降る…夜……」
「そばに朔弥くん……あなたがいた。でもそれしか覚えてないの。死ぬのが怖くて……目が覚めたから」
いつの間にか頬が濡れていた。
あの朝と同じように。
同じ夢を見ていた。
消え去ろうとしていた夢。
消え去っていた部分が、お互いに語れば語るほど少しずつ埋まり、お互いの言葉を聞くたびに少しずつ一本の糸になっていく。
夢ではない一つの記憶に。
俺たちはお互いを知らないはずだった。
だけど、俺たちは初めて『お互いを知らないこと』を知った。
前から『お互いを知っている』俺たち。
だけど、今日初めてお互いの存在を知った。
この場所に、この世界に、この時空に、お互いがいることを。
あの記憶は夢だったのか。
いや、そんなはずはない。
あの夢は紛れもない現実だった。
現実に彼女は亡くなり、俺は悲しみの涙を流した。
今いるのは『違う現在』の時空間。
元々俺たちは、ここの住人なのか。
それとも夢で見た空間の住人なのか。
今となってはわからない。
なぜこうなったかもわからない。
でも、わかっても仕方がないと思う。
今知っておくべきことは、俺のそばに百合がいて、生きていて、元気で、笑っているということ。
二人が同じ空間で同じ息を吸って、同じ空気を感じていること。
それだけ知っていれば十分だ。
「どこへ行くところだったの?」
「本屋。明日の流星群が詳しく載ってる雑誌があるって」
「そうだと思った。私も同じこと考えてたから。あ、ハンカチ返すね」
「それ、百合のだから」
「だって、今日初対面だよ」
「ここではな」
「ハンカチ持って来れたんだ」
「起きたら手に握っていた」
※
初対面ではない初対面の二人。
あの地で一緒に見るはずだった流星群を、今この地で見ようとしている。
時空を飛び越えて。
夜空を見上げた。
この約束を果たすためにこの地に呼び寄せられたのかもしれない。
雲一つない満天の星空を駆け抜ける流れ星たち。
星降る空から星が降り注いでいた。
ふと横を見ると、瞳にたくさんの星を散りばめて優しく包み込んでくれる大きな光があった。
俺の心に降り注ぎ、昼を明るく照らしてくれる光が。
終
こちらに参加させて頂きました!
「星が降る」って表現、幻想的ですよね。
だからかもしれませんが、思考が幻想的になってしまいました。
よろしくお願い致します🙇