見出し画像

松岡和子先生、おめでとうございます!

ほぼ日の學校イベント

「覚悟がすべて」な人生
~全37作を完訳した松岡和子さんが語る
         シェイクスピアの言葉~

イベント当日は予定があって行けませんでしたが、後日配信されたので、配信を見ることができました。配信チケットの販売は、6月21日(月)11時まで。

ほぼ日の学校[シェイクスピア講座2018]の松岡先生

松岡和子先生は、私も参加した2018年の「ほぼ日の学校[シェイクスピア講座2018]」の講師のお一人でした。

先生の授業は、[シェイクスピア講座2018]講座の中でも非常に特徴的な授業の一つでした。シェイクスピア講座であるという大前提がありつつ(他の方も授業は脱線も多かった。もちろん、それはそれですごく特徴があって、楽しい授業でした)、翻訳の難しさ、おもしろさ、そして、シェイクスピアの、演劇のおもしろさを感じる授業でした。[シェイクスピア講座2018]講座の中で、「どの授業が神回でした?」という質問があれば、間違いなく票が集まる授業の一つでしょう。
今回のイベントでは、37作を翻訳し終えた松岡和子先生から、シェイクスピア、翻訳、関係された人たちへの気持ちが語られました。

※[シェイクスピア講座2018]の時の先生だったので、どうしても松岡和子“先生”とお呼びしてしまいます。ここでも“先生”で通します。

今イベントの松岡和子先生

松岡和子先生を見ていて「いいな」「素敵だな」と感じるところは、演劇が好き、というところ。翻訳者としては一流であることに疑いはありませんが、演劇を見る観客としての目線が本当に素晴らしい。プロとしての目線でなく、一観客としての感動を受け取る力が素晴らしい。劇を語る時、目をキラキラさせて話される松岡先生は本当に素敵です。

翻訳を始めたきっかけは、現場からのオファーがあったから。
学生の時から、何度も向き合おうとして、向き合うことができなかったシェイクスピアに、演劇の現場から翻訳のオファーがあったそうです。
出版社からの依頼ではありません。

このきっかけも演劇が好きな松岡和子先生らしいなと思いました。

依頼を受けた時、先生は考えたそうです。
現場から依頼がくるというのは、やはり台詞としての日本語に問題があるんだろう。当時の翻訳、30年前の訳が使いにくいというのは理解できる。だったら今までの日本語訳を劇作家が読み直して、今の言葉にすればいいんじゃないか。それに、これまで100年近く変わらなかった解釈に異を唱えることはないのではないか?

日本語のアップデートでもいいからやってみようと決意して始めてみれば、実際には解釈に異を唱えたい箇所はたくさんあったそうです。

そして、もう一つ、翻訳で気を付けた点。
女性の言葉を気持ち悪くない日本語にしようということ。きっとこれまで観て、読んでこられて、違和感があったのだろうと思います。

取り組むべき理由ができたところから、松岡和子先生の長い旅が始まりました。

6/28(月)に「ほぼ日の學校」アプリが開始されれば、今回のイベントも見ることができると思いますので、これ以上、授業の内容には触れませんが、イベントでは、翻訳した本に盛り込んだサービス精神の数々、翻訳や、翻訳した劇に関わった多くの人、すでに亡くなられた方への想いが語られました。

松岡和子先生は、一度、翻訳したものをよく直されます。
稽古の時、俳優さんと話をしていて「あー」と思った気づきがあれば、それを次の版では直されるのです。一度、世に出したものであれば、私なんかは、もうしょうがないや、と突き放してしまいますが、先生はそうはしない。それは、観客としての感受性、シェイクスピア翻訳を始めた時に感じた違和感がスタート地点にあるからでしょう。

37作の翻訳を完了したということになっていますが、これからもアップデートされ続けます、間違いなく。松岡和子先生のおかげで、最近足が遠のいていたシェイクスピアの観劇もそろそろ再開しようと思いました。脇に先生の翻訳した本を抱えて観に行こうと思います。
劇を見たい気持ちを思い出させてくれて、ありがとうございます。

そして、おめでとうございます!

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。