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どんな状況でも旅を続けるラゴスの生存戦略を「夜と霧」に見つける

※これは、筒井康隆さんの『旅のラゴス』の考察noteの一つです。

『旅のラゴス』は、人類が「高度な文明を失った代償として、人びとが超能力を獲得しだした世界(裏表紙より抜粋)」が舞台のSFだ。

どんな状況にあっても旅を続けるラゴス。苛酷な状況にあるラゴスを読んだ時、あれ、こういうシーンがフランクルの『夜と霧』にもなかっただろうか、と思ったことが、このnoteの発端になっている。

『夜と霧』は、精神科医・心理学者のヴィクトール・フランクルが、第二次世界大戦中、自らのナチス強制収容所に収監された経験を書いたものだ。

実際に2冊を読み比べてみて、ラゴスの経験は、現実の収容所の経験ほどには苛酷ではなかった。しかし、どんな状態になっても、旅を続ける目的を見失わないラゴスの姿勢や態度は、フランクルが、収容所で示した態度に共通するものが確かにあった。

まず、自分の命を守ることを優先にする。そして、失われていく感情を喚起するために時々でいい、自然を感じる、ユーモアを感じ、愛する人を思うことが大事だった。そしてもっとも重要なことは、生きる目的を心に留めておくことだった。『夜と霧』『旅のラゴス』から、そんなシーンを引用したい。

※以下は、本の引用・抜粋で、最新の研究に基づく見解ではありません。

収容所で行われたこと

  • 収容所に入るにあたり、保存食、時計、装身具(結婚指輪など)を奪われた(フランクルはライフワークの学術書の原稿の紙の束を捨てられた)
    →ラゴスも15年に渡って獲得した知識の集大成である羊皮紙200枚を捨てられた

    • 靴は許されたが、いい靴は取り上げられ、サイズの合わないものを渡された

  • 終日の(土木)作業

    • 雪の積もった点呼場にはだしで行く

  • 使えないと判断されれば、ガス室に送られる

  • 少なすぎる食事:一日一回、ほんの小さなパンの配給(フランクルの収容所生活の後期の話)

収容所に入った後に現れた症状

  • 恩赦妄想:死刑を宣告された人が処刑の直前に恩赦される空想

  • 人はどんな環境にも慣れる

    • 歯磨きは無し、ビタミン不足(歯茎は以前より健康だった)

    • 半年間同じシャツ(傷口は化膿しなかった)

  • 感情の動きが消える

  • 内面の冷淡さ、無関心

  • 空腹のため食べ物への夢想

  • 皮下脂肪がなくなり、筋肉組織も減っていく

  • 性欲がなくなる

新入りは、往々にして便所掃除や糞尿の汲み取りを受け持つ作業グループに配属された。糞尿は、でこぼこの地面を運んでいくとき、しょっちゅう顔にはね返るが、ぎょっとしたり拭おうとしたりすれば、かならずカポー(※)の一撃が飛んできた。労働者が「上品ぶる」のが気にさわったのだ。
 こうして、正常な感情の動きはどんどん息の根を止められていった。

※カポー:親衛隊の配下で監督役に任命された一般のユダヤ人囚人

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(34ページ)

苛酷な環境でやるべきこと

健康に見せる

わたしたちよりも数週間前にアウシュヴィッツに到着していた知り合いが、わたしたちの棟に忍びこんだのだ。わたしたちを安心させ、説明してなぐさめるのが目的だった。もうげっそり痩せて、はじめはだれだかわからないほどだったが、彼は努めて明るく事務的な態度をよそおって、口早に助言してくれた。
(略)
「頼むからこれだけはやってくれ。髭を剃るんだ。できれば毎日。わたしはガラスの破片でやっている。それとも、最後のパンのひと切れをやってでも、だれかに剃ってもらえ。そうすれば若く見えるし、頬がひっかき傷だらけでも血色はよく見える。病気にだけはなるな。病人のように見えちゃだめだぞ。命が惜しかったら、働けるとも見られるしかない。靴ずれみたいなほんのちょっとした傷で足を引きずったら、ここでは命取りだ。親衛隊員たちは、そんなやつを見つけたら、こっちに来いと合図する。つぎの日にはガス室送り間違いなしだ。」

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(29,30ページ)

ラゴスも、奴隷商人に捕まった時、労働できる体と見られたから、殺されずに済んだのかもしれない。

監督者に逆らわず専門性で貢献し好意を受ける(ただし…

わたしの作業グループのカポーはわたしにたいそう恩義を感じていた。わたしを心から慕っていた。それは、作業時間まで何時間もかかる行進のあいだ、彼の不倫と夫婦間がぎくしゃくしているという話に、専門家として親身に耳を傾け、彼の性格を分析し、セラピストとして助言したおかげで、好感をもってくれたのだ。このことがあってから、このカポーはわたしに恩義を感じていた。
 カポーのこの気持ちには、すでに何日も前から恩恵をこうむっていた。それはカポーが、もっとも多いときで二百八十人からなるわたしたちの中隊の第一列の五人のなか、つまり自分のすぐそばにわたしを並ばせてくれたことにあらわれていた。これには大きな意味があった。

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(41,42ページ)

行進の時は後列から、労働に必要な人数が調達される。前にいる方が後まで楽。誰もが足の状態がよくなく、雪の中凍傷にもなって倒れやすい。誰かが転ぶと将棋倒しになると、監視兵に殴られるが、一番前にいると、巻き込まれる可能性がない。

 その軍医は、発疹チフス患者がいる収容所に勤務することを志願したわかちたちふたりの医師に、移動するまで静養棟にいられるよう、ひそかに手を回してくれた。たしかに、わたしたちはあまりに憔悴していたので、そうでもしなければ医師二名が使い物にならなくなり、収容所に死体が二体増えただけだっただろう。

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(81ページ)

自分からのアピールではなく、自分の持つスキルで、監督者を助けて、好意を持ってもらう。

 ラウラは計算能力があるのでダロたちに重宝がられ、山塞で金勘定や帳簿をやらされているというこどだった。頭目に見初められてもいるらしい。
「あなたのこと、頭目に話しといたわ」食事の時、ラウラはおれに言った、「あなたが金と銀を分離できる方法を知っていて、もっと手っとり早い精錬法も知っているって言ってたと、そう話しといたわ」

「銀鉱」『旅のラゴス』©1994 筒井康隆/新潮社

フランクルは医師で、ラゴスは、金と銀を分離する最新の方法といった過度に専門性が高いことで救われたが、そんな高い専門性だけじゃないだろう。自分が長けたスキルや特徴を使って、監督者に貢献をする。ただし、自分から売り込むと、殴られてしまうだろう。逆らわず、求められた時に専門性を発揮する。

 アウシュヴィッツにいたころ、わたしはすでにひとつの原則をたてていた。その「妥当性」はすぐに明らかになり、ほとんどの仲間がそれを採用した。つまり、なにかをたずねられたら、おおむねほんとうのことを言う。訊かれないことには黙っている。いくつだ、と聞かれたら、年齢を答える。職業を問われたら、「医師です」と言う。ただし、はっきりと専門を訊いてこなければ、専門医であることは言わないのだ。

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(89ページ)

 ムトにさからうのは得策ではなかった。彼がそう思いこんでいる通りの人間でいた方が安全であろうと、わたしは思った。

「奴隷商人」『旅のラゴス』©1994 筒井康隆/新潮社

愛する人を想う

 収容所に入れられ、なにかをして自己実現する道を断たれるという、思いつくかぎりでもっとも悲惨な状況、できるのはただこの耐えがたい苦痛に耐えることしかない状況にあっても、人には内に秘めた愛する人のまなざしや愛する人の面影を精神力で呼び出すことにより、満たされることができるのだ。

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(61ページ)

「われを汝の心におきて印(おしで)のごとくせよ……其(そ)は愛は強くして死のごとくなればなり」(「雅歌」第八章第六節)

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(63ページ)

愛する人を想い出すことはラゴスもあった。

しかしデーデに会いたく思っているわたしにとって、ヨーマかもしれぬ山賊の襲来は必ずしも恐ろしいだけのものではなかった。捕えられ、彼らの山塞へつれて行かれたとしたら、そこにデーデがいる筈というわたしの空想はわかしから去らなかった。

「顎」『旅のラゴス』©1994 筒井康隆/新潮社

こうした行為が自分の命を守り、心の動揺に耐える一つの手段になるようだ。

信じられる未来を持つ

信じられる未来を持つことが一番大事なことだろう。もし自分が生きて、その環境を脱することができたら、何をするのか。

 すでに述べたように、強制収容所の人間を精神的に奮い立たせるには、まず未来に目的をもたせなければならなかった。被収容者を対象とした心理療法や精神衛生の治療の試みがしたがうべきは、ニーチェの的を射た格言だろう。
「なぜ生きるのかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」
 したがって被収容者には、彼らが生きる「なぜ」を、生きる目的を、ことあるごとに意識させ、現在のありようの悲惨な「どのように」に、つまり収容所生活のおぞましさに精神的に耐え、抵抗できるようにしてやらねばならない。

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(128,129ページ)

ラゴスも、7年の奴隷生活ののち、こう言って夫婦として過ごしたラウラに別れを告げる。

「もっと南へ、ひとりで旅を続けなければならない」おれは食事が終ってからそう言った。「旅をすることがおれの人生にあたえられた役目なんだ。それを抛棄することはできないんだよ。そして、君をつれて行くこともできない」

「銀鉱」『旅のラゴス』©1994 筒井康隆/新潮社

しかし、どんな未来でもいいわけじゃない。根拠がない未来は、逆に自分の命を奪ってしまうことを忘れてはいけない。

未来の本質が、どれほど本質的につながっているかを劇的に示す事件が、わたしの目の前で起こった。わたしがいた棟の班長は外国人で、かつては著名な作曲家兼台本作家だったが、ある日わたしにこんなことを打ち明けた。
「先生、話があるんです。最近、おかしな夢をみましてね。(略)いつ収容所を解放されるか、つまりこの苦しみはいつ終わるかってことなんです」
(略)
 このFという仲間は、わたしに夢の話をしたとき、まだ十分に希望をもち、夢が正夢だと信じていた。ところが、夢のお告げの日が近づくのに、収容所に入ってくる軍事情報によると、戦況が三月中にわたしたちを解放する見込みはどんどん薄れていった。すると、三月二十九日、Fは突然高熱を発して倒れた。そして三月三十日、戦いと苦しみが「彼にとって」終わるであろうとお告げが言った日に、Fは重篤な譫妄状態におちいり、意識を失った……三月三十一日、Fは死んだ。死因は発疹チフスだった。

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(126,127ページ)

その他、フランクルが収容所生活を生き延びるために、大事なことはあった。参考までに引用しておく。心を動かすことだ。

自然を感じる

 とうてい信じられない光景だろうが、わたしたちは、アウシュヴィッツからバイエルン地方にある収容所に向かう護送車の鉄格子の隙間から、頂が今まさに夕焼けの茜色に照り映えているザルツブルクの山並みを見上げて、顔を輝かせ、うっとりとしていた。わたしたちは、現実には生に終止符を打たれた人間だったのに―あるいはだからこそ―何年ものあいだ目にできなかった美しい自然に魅了されたのだ。
 また収容所で、作業中にだれかが、そばで苦役にあえいでいる仲間に、たまたま目にしたすばらしい情景に注意をうながすこともあった。たとえば、秘密の巨大地下軍需工場を建設していたバイエルンの森で、今まさに沈んでいく夕日の光が、そびえる木立のあいだから射しこむさまが、まるでデューラーの有名な水彩画のようだったりしたときなどだ。
 あるいはまた、ある夕べ、わたしたちが労働で死ぬほど疲れて、スープの碗を手に、居住棟のむき出しの土の床にへたりこんでいたときに、突然、仲間がとびこんで、疲れていようが寒かろうが、とにかく点呼場に出てこち、と急きたてた。太陽な沈んでいくさまを見逃させまいという、ただそれだけのために。

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(65ページ)

ユーモアを忘れない

 部外者にとっては、収容所暮らしで自然や芸術に接することがあったと言うだけでもすでに驚きだろうが、ユーモアすらあったといえば、もっと驚くだろう。もちろん、それはユーモアの萌芽でしかなく、ほんの数秒あるいは数分しかもたないものだったが。
 ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ。ユーモアとは、知られているように、ほんの数秒間でも、周囲から距離をとり、
状況に打ちひしがれないために、人間という存在にそなわっているなにかなのだ。

『夜と霧 新版』©2002 ヴィクトール・E・フランクル (著), 池田 香代子 (翻訳)/みすず書房(71ページ)

まとめ

苛酷な状況のために、日々準備をする必要はないだろう。でも、現代の平和な日本にあって、どんなに注意深く心と体を整えて暮らしていても、経済的な状況の悪化、職場のひどい人間関係で、どん底を感じる場面が避けられないこともある。そうした場面が来ても、自分の人生を全うできるようにしたい。

いざという時にすべきことは、自分の命を守ること。どんな状況でも、心が動くことを時々する(自然に触れる。ユーモアを思い出す)こと。そして、大事な人たちの顔を思い出す。そしてもっとも大事なことは、自分が人生で何を成したいのかを考えておくことだ。これだけを覚えておけば、どんなつらい現実も、人生の目的の妨げにはならないかもしれない。

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のーどみたかひろ
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