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【短編小説】弓張の月 第1話(全8話)
プロローグ
真っ赤な血が1滴2滴と真っ白な日記帳に落ちていく。自分の手首ではないかのように、落ちていく血をじっと見ていた。手首から、また1滴落ちた。綺麗だ。真っ白なキャンパスに真っ赤な絵が描かれていくように。真っ白な日記帳は少しずつ赤いページに変わっていく。
参考書にも血が垂れそうになった。慌てて、手首をハンカチで抑えた。滲んでくる。ゆっくりとハンカチの奥から赤い血が。ぎゅっと抑える。
日記のページは2023年8月16日だった。
第一話
「由美、たまには一緒に帰らない?」
肩まで伸びた髪をたくし上げ、ピンクのマフラーを首に巻きはじめたとき、後ろから声が聞こえた。マフラーを巻き終えていないまま振り向くと、セーラー服の首元に薄水色のマフラーを巻いた絵里奈が立っていた。
「ねぇ、うちの学校のセーラー服ってさ、ださいよね。今はどこの学校もジャケットだよ。右胸にワッペンを貼っててさ。格好いいよね」
確かにそう思うが、これが私たちの学校の制服なんだから仕方がないよと、心の中でつぶやく。
「でもさ、この黒色に近い紺色のセーラー服にピンクって似合う?喪服にピンクのマフラーをつけて歩いているみたいなもんだよ」
いつもの遠慮ないしゃべり口調に、なぜかほっとした。なぜなのだろうか。きっと約一か月もの間、一緒に帰ることがなかったから、久しぶりに絵里奈節を聞いた安心感からかもしれない。一緒に帰っていなかったといっても、一緒に帰りたくなかったわけではなく、絵里奈が勝手に一人で帰ってしまっていたのだ。
「一緒に帰ろう、なんて言葉、久しぶりに聞いたよ」
私は自分の口角があがってることに気づいた。絵里奈の方を向いたままマフラーを巻きなおした。
「まぁ、一人で帰ってもいいんだけど、そんな元気のない姿を見れば、声もかけたくなるよ。まだ、去年の夏のラインの返信を待ってるの?忘れちゃえ、忘れちゃえ。今日から12月。2024年もあと1ヶ月で終えちゃうぞ」
「そうだよね。頭ではわかっているんだけどね」
一瞬、ここで話を終えようとした。でも、いろいろなことを思い出すと、自分でもびっくりするほどたくさんの言葉が出て来てしまった。
「ラインできたサヨナラの四文字のメッセージで終わるってありなの。中学3年のときから付き合いだして、高校2年までの2年間だよ。そりゃ、お互い違う高校だけど・・・。あの日の日記は真っ赤だよ」
「待って、そんなに興奮しないでよ」
絵里奈は返事に困った顔になって、話すのをやめてしまった。
私は言葉が見つからなかった。沈黙が怖く話を変えた。
「でも、絵里奈はここ一ヶ月くらい、いつも一人で、先に帰るよ、って言って、慌てて教室を飛び出していたじゃん。塾にでも行っていたんじゃないの?」
絵里奈の顔が肌の温度を感じるほど近づいてきた。首元に巻いたピンクのマフラーの匂いをかくようなしぐさをするかと思ったら、耳元で「推し、推しだよ」と囁いた。
「何?おしって?」
「いいから、いいから」
相変わらず、訳の分からないことを言う。絵里奈らしさと言えば、それまでだけど。いつも自分だけが納得して、喜んでいる。そして楽しそうだ。そんな絵里奈をうらやましく思う。
「今日はいいところに連れていってあげるから」
わくわくと楽しそうに話す絵里奈に断る理由もなかった。
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