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侠客鬼瓦興業 89話「吉宗くん三途の川への旅立ち」

「めぐみちゃんは僕が守る!」
「守るってお前、もう虫の息やないか?」
「ぼっ、僕は負けない・・・、僕は、死んでもめぐみちゃんを守るんだ・・・」
僕は体を震わせながら立ち上がろうと頑張った。
「死んでも守るやと?」
西条はその言葉に突然目を血走らせ
「ほんなら死んで守ってみんかい!このボケがー!」
僕の背中をおもいっきり蹴り飛ばした。
「ぐあー!」
「生意気ぬかしおって、我に何が守れるんや、おー!?」
西条は大声で叫ぶと、僕の髪の毛を鷲づかみにしてすさまじい形相で睨んできた。
「えらそうに抜かしおって、この世に守れるもんなんぞ、一つも無いんや!我がどないもがいたかて、守れんもんは守れんのや!守れんのやー!」
「はぐぁ!」
「それを死んでも守るやと、アホタレがー、たとえ死んでもな、守れんもんは守れんのや、このボケがー!」
大声で叫ぶ西条の目に、僕は一瞬今までの恐怖ではなく何か不思議な悲しさが隠れているのを感じた。

(こ、この人はいったい?・・・違う、この人の目は怖いけれど追島さんや銀二さんと同じ目だ)
不思議とそう感じた僕は、無意識に西条に向かって小声でつぶやいた。
「あなたは・・・悪い人じゃない」
「あー?」
西条は驚きの顔を浮かべた。
「なっ、何を抜かしとるんやこんな時に?」 
「あなたは、あなたの眼は・・・、氷のようだけど本当は、そうじゃない」
「あー!?」
「やっぱり違う・・・そうじゃないんだ」
僕はこんな恐ろしい状況の中、西条の顔を見ながら不思議と静かに笑っていた。西条は僕の頭から手を放すと
「何やこのガキは、気持ち悪い」
そう言いながら、僕を古びた倉庫の扉めがけて蹴り飛ばした。
ガシャーン!
僕は扉に打ち付けられた衝撃からその場に崩れ落ち、立ち上がることができなくなっていた。
「おい、この気色悪いガキわれの好きにせい」
西条は三波にそう告げながら奇妙な生き物を見るように僕を見たあと、ずかずかとめぐみちゃんの元へ近づいた。そして再び悪魔のような顔で彼女の腕をつかむと
「来るんや!」
無理やり彼女の腕を引いてバスの中に引きずり込んで行った。

「やめろ・・・、お願いだからやめてくれ・・・!めっ、めぐみちゃん」
僕は必死に二人を追いかけようと、這いつくばりながらバスの入り口へ向かおうとした。しかし僕の前に、どこから手にしたのか一本のロープを手に笑う三波が立っていた。
「どいてくれ三波、頼むから・・・どいてくれ・・・」
「馬鹿野郎どくわけねえだろ、てめえの事を好きにしていいって西条さんから許しをもらったんだからよ」
ぺっ!
三波は這いつくばる僕に唾を吐きかけると、持っていたロープをうれしそうに僕の首に巻きつけてきた。

「ぐお、やっ、やめろ」
「ふん!」
「ぐあぁー!」
三波はロープの端を力任せに絞りあげてきた。
「く、苦しい・・・くっ、くっ」
「死ねや、このテキヤ野郎がー!」 
「ぐおぁ!」 

(こっ、このまま、死んでしまうのか!?)
僕の意識はだんだん遠ざかろうとしていた。
(めぐみちゃんを守りたい…、守りたいのに……)
遠のく意識の中、めぐみちゃんと西条の乗った保育園バスを見た。
(守りたいのに…守りたいのに……)
目に映る黄色いバスが、遠のく意識のせいでだんだん薄くなってきた。
同時に、僕の目の前にキラキラ輝く美しいお花畑と大きな川が姿を現し始めた。
(これって、もしかして天国?・・・あぁ、僕はめぐみちゃんを助けることもかなわず、このまま天国に行ってしまうのか・・・)
美しいお花畑はだんだんくっきりと僕の目に映りはじめていた。

(ごめん、めぐみちゃん・・・、僕は君を助けてあげることが出来なかった。ごめんよ、ごめんよ)
と、その時だった。
(よしむねー、よしむねー)
遠い昔に聞いた覚えのある男の人の声が、僕の耳に響いてきた。
(吉宗~、お前は吉宗じゃないか?)
(えっ?その声は)
(私だ、吉宗、私だよ)
花畑の先に見える大きな川、その川の向こうで一人の剣道着姿の男の人が笑顔で手を振っていた。
(吉宗・・・)
(あー!?)
僕はその男性を見たとたん、目にいっぱいの涙を浮かべた。
(お父ちゃん!!)
そう、川の向こうで手を振る男の人、それは子供のころ天国へ旅立った、僕のお父さんだったのだ。

(吉宗、よく来たなー)
(お父ちゃん!)
僕はうれしさから、必死に川を渡ってお父さんの元へ向かおうとした、その時だった。
(吉宗くーん、くーん、くーん、くーん)
僕の背後から、今度は聞き覚えのある優しい女性の声が、コーラスのかかった声で響いてきた。
(吉宗君、そっちに行ってはダメよ、ダメよ、ダメよ・・・)
(その声は?もしや)
あわてて振り返るとそこには久々に登場、天使の姿をしためぐみちゃんが、悲しげな顔で立っていたのだった。

(きっ、君は、天使のめぐみちゃん!)
(吉宗くん、そっちに行ってはダメよ、今あなたがそっちに行ってしまったら、大変なことになってしまうは)
(大変なこと?)
(そう、私も、そしてあの西条という人も、みんな不幸になってしまうのよ、だからいっちゃダメ)
(めぐみちゃんが不幸に!そうだ僕は君を救わなくてはならないんだ)
(そうよ吉宗くん…、それにあなたが向こうへ行ってしまったら、この物語を読んで下さっている方も、みんなガッカリしてしまうでしょう、あなたは、これからも、たくさんの人たちに笑いと感動を振りまくために頑張って生きなくてはだめなのよ・・・)
(そうか…、僕は頑張らなければいけないんだ)
(吉宗)
川の向こうから今度はお父さんの声がコーラス交じりで響いてきた。
(吉宗、その子がお前の大切な女性かね?)
(あっ、うん、お父ちゃん)
(とっても可愛い子だな、まるで母さんの若いころにそっくりだ)
お父さんは優しく笑うと天使のめぐみちゃんに頭を下げた。天使のめぐみちゃんもあわてて頭をさげると
(めぐみです、はじめまして)
(ほう、本当に綺麗な子だな吉宗)
(うん、僕が心の底から愛してる人なんだ)
(心の底からか)
川の向こうでお父さんは寂しげに笑った。

(そんなに愛する人を、悲しませてはいけないな、お父さんのように・・・)
(お父ちゃん)
(戻りなさい、お前はまだ、こっちに来てはだめだ。早く戻ってその愛する人のピンチを救いなさい)
(うん、それじゃ急いで戻るよ)
僕は川向こうのお父さんに手を振ると、あわてて振り返った。

・・・が
眼下に見える現実の光景に、思わず青ざめてしまった。

そこには、うれしそうに僕の首を絞めている三波と、真っ青な顔でアワを吹いている僕の姿が・・・
(あー!父ちゃん、駄目だよ、あいつにあんな事されちゃってるんじゃ、僕はあそこに戻れないよ~)
天国のお父さんは目をパチパチしながら下界の光景を見ると
(あらー?本当だわ、これはまいったなー、それじゃお前やっぱりこっちに来るのかな?はははは)
(ははははって、お父ちゃん、そんな笑い事じゃないでしょ)
(笑い事じゃないって言ったって、お前、あの男真剣にお前をこっちへ送り込もうとしてるし)
(くそう三波のやつ、何てこと・・・)
僕は下界の三波を見た後、悲しい顔で天使のめぐみちゃんを見た。
(めぐみちゃん、ごめんよ…、やっぱり僕、ダメみたいだ、君を守ることが出来ないみたいだ)
ポロポロと大粒の涙を流した。

(吉宗君・・・私お別れなんてやだよ・・・、絶対にやだよ)
(僕だって嫌だよ、これから先、ずーっと君のそばにいたいのに、守って生きたいのに、ごめんよ…、ごめんよ…)
(そんな、ごめんだなんて吉宗くん)
天使のめぐみちゃんと僕は、悲しい別れに二人手をとりあって泣き続けていた。
(それじゃ、めぐみちゃん、来世にまた会おうね・・・)
(吉宗くん・・・)
こうして僕は、泣きながら天使のめぐみちゃんと別れ、天国へと旅立って行ったのだったのだった。

ーおわりー

(おっ、おわりって、ちょっと、まてまてまてー!!)
三途の川の向こうにいたお父さんは、大慌てで。ーおわりーの文字を竹刀ではじき飛ばした。
(お父ちゃん?)
(バカ者、お前それでも男か?あきらめたらそこで終わりだろうが)
(だ、だけどあんな状況じゃ)
(それも、そうなんだが・・・、んっ?あれ?)
お父さんは下界の様子を見ながら不思議そうに首をかしげていた。
(ど、どうしたの?お父ちゃん)
(おい吉宗、見てみろ、あっちの方を)
(えっ?)
(ほらほら、あそこ、頭の黄色い変なやつが近づいてくるぞ、ほれ?)
(黄色い頭?)
僕はお父さんが指差す方角を見た。
するとバスから少しはなれた倉庫街の通りに、不気味な顔をさらにぐちゃぐちゃにした金髪の鉄が
「あ~にぎ~~!!」
涙と鼻水まみれのすさまじい顔で、片手に角材を握り締め走って来ていたのだった。

(あっ、あれは鉄!!)
そう、それはいつの間にか僕の舎弟分になってしまった、金髪の鉄だったのだ。

(鉄だ!鉄が僕を助けに来てくれたんだー!)
僕は喜びと感動で涙を浮かべながら、必死に叫び声をあげた。
(鉄ー、あそこだー、ほらあそこで僕が首を締められているから~、早く、早く助けてくれー!!)
そんな魂の叫びが聞こえたのか、鉄は黄色いバスの脇の僕を発見すると
「うおー!あっ…あっ…兄貴ー!こーの野郎~!!」
大声で怒鳴りながら、もっていた角材でイケメン三波に襲い掛かっていった。

「うわっ、何だこいつは!?」
金髪の鉄の登場にイケメン三波は、あわてて手にしていたロープを放すと、襲い掛かる鉄の角材を必死に交わした。
「兄貴の大声が・・・聞こえて・・・来て見れば、こーの野郎・・・よっ、よくも兄貴を!!」
「何だお前はー!」
「俺は、吉宗の兄貴の・・・いっ1の、しゃ、舎弟分、不死身の鉄だ、この野郎~!!」
鉄は怒りのせいか、さらにたどたどしい口調で、手にしていた角材を三波めがけてぶん回し続けた。

(鉄がんばれ、がんばれ鉄ー!)
下界で奮闘する鉄を夢中で応援し続ける僕に、お父さんが声をかけてきた。
(吉宗、お前の仲間か?)
(うん、ちょっと困ったやつけど、同じ会社の仲間なんだ)
(お前のために、あんなに頑張って戦ってくれるとは、いい仲間がいる会社だな)
(うん、他にも銀二さんや追島さん、それに高倉さんに、それに親父さんに姐さん。ガラは悪いけれど、みんな暖かくてやさしくていい人たちばかりなんだ)
(そうか、それを聞いてお父さんは少し安心したよ)
(みんないい人達なんだ…、本当にいい人たちなんだ…)
僕はうれしそうに、角材を振り回している鉄をながめていた。そんな僕に天使のめぐみちゃんが、そっと声をかけてきた。 
(さあ吉宗君、今がチャンスよ、急いで戻りましょう)
(あっ、そうだ、鉄のおかげで僕、戻れるんだね・・・)
(うん)
天使のめぐみちゃんは静かにうなずいた。
(よし、それじゃ急いで戻って、本当のめぐみちゃんを助けなきゃ、それじゃお父ちゃん)
僕は笑顔で川の向こうに振り返った。しかしそこには、お父さんの姿は無かったのだった。
(あっ、お父ちゃん?お父ちゃん?) 
(吉宗くん、お父さんだったら、ある一言を私に伝えて静かに向こうの世界へ戻って行かれたわ)
(えっ?どうして、お別れも出来てないのに)
(きっと、改まってお別れをするのが寂しかったのね、お父さん)
(そんな~、でっ?天使のめぐみちゃん、お父ちゃんが残した一言っていったい?)
(うん、それが私達のために、桃さんを行かせるからって)
(桃さん?)
(うん、一言そういい残して、静かに消えていったの)
(桃さん?誰だそれ?)
僕は何度も首をかしげていた。
(さあ、とにかく急いで戻らないと)
天使のめぐみちゃんはニッコリ笑うと、その美しい手を僕に差し出した。
(うん、急ごう!)
僕はそっと彼女の手を握り締めた、と同時に僕の魂はすごい勢いで吸い寄せられるように再び僕の体へと戻っていった。

「ぐはっ!ゲホッ!ゲホッ!!」
自分の体に戻れた僕は、それまで真っ青に変色していた顔から、徐々に赤みを帯びた元の顔へと戻っていった。
「はっ!?こっ、ここは」
あわててあたりを見渡し
「あっ、そうだった!」
自分が鉄によってピンチを脱した事に気がついた。
そしてふらついた体で立ち上がると
「鉄ー!」
叫びながら、三波と戦っている鉄を捜した。
しかしそこで僕の目にとびこんできた光景は・・・、大きな口をおっぴろげ、大の字で伸びている、情けない鉄の姿だったのだった。
「んなっ!?」
大の字の鉄は、手にしていた角材をいつの間にか取り上げられ、イケメン三波にガツガツとこずかれていた。
(あ、相変わらず弱い・・・)
僕は口をボカッと開けた後、再びメラメラと怒りの炎を燃えあがらせた。そして
「三波ー!!」
鬼神の形相で叫んだ。

「あ~?なっ、何だてめえ、何時の間に」
「お前は、絶対に許さない!」
燃え上がる炎の背景に包まれ、僕は再び鬼神の姿に変わると、やつに向かって一歩足を踏み出そうとした。ところが
「あっ、あれ?あれれれ~!?」
今までのダメージが大きすぎたのか、僕はそのまま仰向けにひっくりかえってしまったのだった。
「何だよ、口だけでフラフラの死にぞこないじゃねーか、てめえ」
「あれれれ、ダメだ、足がふらふらで力が・・・」
僕は仰向けにひっくり返った亀のように手足をバタバタさせながら、一歩一歩近づく三波を見た。
「まずい、せっかく戻ってこれたのに、このままでは・・・」
「何をぐちゃぐちゃ抜かしてんだ、今度こそ地獄に送ってやるよ」
三波は冷徹な目で手にしていた角材を大きく振り上げると、力任せに僕の脳天をめがけて振り下ろした。

つづく


最後まで読んでいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。中に登場する人物、団体等はすべて架空のものです。

続き「桃さん登場!」はこちら↓

前のお話はこちら↓

第一話から読んで下さる優しい方はこちら↓

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