見出し画像

第2回「能登の風」からすべては始まった—著者から①

著者の藤井満さんによる、自著(とその周辺)解説を、5回にわたってお届けします。2011年5月に輪島支局へと異動となった藤井さん。最辺境の勤務地で紡がれた新聞連載が、『能登のムラは死なない』の土台になりました。


ラッキー! 能登で自由を手に入れる

2011年3月の東日本大震災の直後、朝日新聞松江総局員だった私は「5月から輪島支局だよ」と異動を言いわたされた。自宅と職場をかねる「一人支局」ははじめてだ。ラッキー! と思った。

ひとり勤務だから、原稿さえだしておけば、昼まで寝てようが、夕方5時から飲んでようがわかりはしない。
「輪島は大阪本社では最辺境の勤務地や。海外特派員みたいに自由やで!」
喜々として妻に報告すると彼女は顔をしかめた。
「ミツル、またなにかやらかしたんか?」

私は2005年にブログが「炎上」して内勤職場にとばされた。記者ブログの炎上は全国で2番目だった(くわしくは『僕のコーチはがんの妻』KADOKAWA参照)。大阪本社管内で最辺境、ということは左遷だと妻は思ったようだ。日ごろのおこないが悪いからうたがわれてもしかたがないのだけど。

4月末、自動車で赴任先の輪島にむかった。夜、暗い森をぬけてさびしい街灯がともる町にはいったが、人影がない。車が3台つづくこともない。
「やけにさびしい町やな」と妻は不安そうだ。

だが、民宿の夕食にだされた天然のフクラギ(ハマチ)の刺身は脂がのっているのに身がしまっている。焼いたハチメ(メバル)は、しっかりした能登の酒にぴったりだ。
「こんな魚をこれから食べられるんや。最高やね」
そう言って乾杯した。

現場を見ずに現場は書けない

輪島で記者の仕事をはじめるにあたって、過去2年間のスクラップで、どんな祭りや行事があるのか確認した。
前年の記事をなぞればとりあえず無難に仕事をこなすことはできるからだ。
スクラップにのっているのはこんなかんじの記事が多かった。

能登の夏のはじまりをつげる「あばれ祭り」が1日、能登町宇出津ではじまり、40基のキリコが、大松明の火がもえさかるなか乱舞した。……「神様の火の粉だから、やけどをしてもうれしい」と参加した男性は興奮しながら話した。

現場をみなくてもかける。予定稿をつくっておいて、当日は写真を撮影して送信するだけ。お気楽な仕事だ。
だがこんな記事では、大阪でも四国でも山陰でもかわらない。能登らしさのかけらもない。スクラップを読んでいてげんなりしてきた。

そこで、まずはメディアで注目されている集落をたずねて、現在のムラおこし(=横軸)とその背景にある過去の経緯(=縦軸)をしらべることにした。

金蔵集落、深見集落でであった人びと

当時メディアに頻繁に登場していた輪島市の金蔵集落の「万燈会」は、その源流をさぐると、ため池や農業用水を集落全体で「総掛かり」で管理するとりくみがあった。集落内に5つ寺があり、檀家総数は地区の世帯数の10倍にのぼっていた。寺のもたらす富によって昔から周辺地域の中心地としてさかえていた。

金沢の子どもらがつくったかかしがたつ棚田と、「やすらぎの里 金蔵学校」理事長の石崎英純さん(左写真)、8月16日の万燈会。3万の明かりが集落をいろどる(右写真)
(本書122ページ「ため池管理で団結、限界集落のトップランナー〈2011年/輪島市町野町・金蔵〉」より)

抜群の団結力をほこる輪島市門前町の深見集落は、北前船以来の歴史の影響で、男性の多くは船員だった。男たちが長期間留守をするなかで、女性が集落の運営を担い、定期的に備蓄の水を交換し、消火訓練をくりかえしていた。

2007年の地震当時の区長・板谷さん。背後の山が崩落して深見は「陸の孤島」となった=2012年(左写真)、山と海のあいだのせまい土地に密集した深見の集落=2014年(右写真)
(本書80ページ「船員のムラ、抜群の団結力で集団脱出〈2012年/輪島市門前町・深見と黒島〉」より)

能登のコトバで記録する意味とは

現地でききとった内容を、市町村史や郷土史などの記述で裏づけをとり、そこに新たな発見があればふたたび取材する……そんな作業をくりかえすことで「能登の風」というタイトルの不定期連載を朝日新聞石川版で3年ちょっとつづけた。それが「能登のムラは死なない」の土台になった。

政治部記者はICレコーダーを多用するが、新聞記者の取材はふつうはメモが中心で録音にたよることがない。いちおう録音しても、ききかえすことはめったにない。だから、記事にでてくるコメント(談話)はどうしても東京弁になってしまう。しょせん記者はヨソモノだから、自分の頭では方言を再現できないからだ。

だが連載をつづけているうちに東京弁の「談話」がうそくさく思えてくる。そこで、ICレコーダーを活用して、要所要所で能登のコトバを再現することにした。
ただ、取材相手が私にあわせて東京弁を話したり、録音機材をわすれたりすることもあるので、記事によって能登弁になったり東京弁になったりしてしまった。


プロフィール

◆藤井 満(ふじい・みつる)
1966年、東京都葛飾区生まれ。1990年朝日新聞に入社。静岡・愛媛・京都・大阪・島根・石川・和歌山・富山に勤務し、2020年1月に退社。2011年から2015年まで朝日新聞輪島支局に駐在。奥能登の農山漁村集落をたずねてまわり、『能登の里人ものがたり』(2015年、アットワークス)、『北陸の海辺自転車紀行』(2016年、あっぷる出版社)を出版。そのほか単著に『石鎚を守った男』(2006年、創風社出版)、『僕のコーチはがんの妻』(2020年、KADOKAWA)、『京都大学ボヘミアン物語』(2024年、あっぷる出版社)などがある。


『能登のムラは死なない』
藤井満 著
定価 1,980円 (税込)
ISBNコード 978-4-540-24159-8
購入はこちら https://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54024159/

いいなと思ったら応援しよう!