第5回:イタリア便り1 ゲシュ集落での石積み合宿より(真田純子)
人文地理学者の湯澤規子さんと景観工学者の真田純子さんの、「食×農×景観」をめぐるおいしい往復書簡。真田さんからの初めての返信もまた海外、イタリアから。日本の学生を集めて行っている石積みの合宿の現場からお届けします。
学生たちと訪れた石積み合宿
お便りありがとうございます。お便りを受け取ってから、私もイタリアにやってきました。私も飛行機から土地の使い方を見るのが好きなのですが、今回は天気が悪かったのと、到着が夜中で(予定より3時間も遅れて空港に着いたのが夜中の2時半!)残念ながら地上の様子を楽しむことはできませんでした。
今回の旅は、2年に1回、日本の学生を集めて行っている石積みの合宿です。イタリアで石積みの建物や擁壁を修復しているカノーヴァファンデーションという団体が企画してくれます。10日間の合宿で石積みは半分くらい、それ以外は近くの農家や集落の見学、ハイキングなどです。そんなわけで、作業着や作業用の靴など荷物が多く、いかに荷物を減らすかに頭を悩ませました。とはいえ、今回もそうなのですが、現地で本を買うのが趣味で帰りには重い荷物が増えてしまいます。これが、湯澤さんからの質問の「楽しいルーティーン」ですね。今回は訪問先のオッソラ地方の建築様式が説明してある、写真と図面が豊富な本を買いました。都市部に旅行をしたときなどは、土木のことを子供たちに説明している絵本を買って集めています。
合宿でお世話になっているカノーヴァファンデーションの拠点はゲシュという集落で、そこでお昼ごはんや晩ごはんをみんなで食べています。今回の合宿のために若いシェフが来てくれていて、毎日野菜中心のおいしいご飯を食べています。
今回宿舎にしているアパートがあるのはボレッラという集落です。ゲシュもボレッラも、モンテクレステーゼという自治体の「フラツィオーネ」です。イタリアでは、基礎自治体はコムーネと呼ばれていて、市町村のような区別はなく、ミラノのような大都市でも100人くらいの町でも同じコムーネです。しかしさすがに、田舎のほうにぽつんとある数軒の集落は一つのコムーネにはなれないので、近くのコムーネに所属するという形になります。そうした分離した集落が、フラツィオーネと呼ばれます。
つまり、ゲシュもボレッラもとても小さい集落ということです。ゲシュは9軒の家、ボレッラはもう少し大きいですが、5分もあれば集落を一周できてしまうような小ささです。どちらの集落も、壁も屋根も道路の舗装までも石造りです。
石造りの建物を修復して宿に再生
宿舎は、石造りの建物を修復して宿として経営し始めたばかりのところです。シャワーやトイレなどの水回りは最新のものがつけられていて、とても快適です。建物も基本的には空石積みで、モルタルなどの接着材を使わずに積んである建物ですが、さすがにそれだと風が入ってくるので、建物内は石灰が塗ってあります(これは、昔ながらのやり方です)。それでも、階段は石が使ってあって、壁もところどころは石が見えるようにしてあって、石造りであることが感じられるようなデザインになっています。
今は、今日の石積みの作業を終え、宿舎に戻ってシャワーを浴び、一息ついたところです。このお便りは3階のテラスで書いているのですが、真横には集落の教会の石屋根があります。ちなみに、この教会には他のイタリアの教会と同様にカンパニーレ(鐘塔)があって、時間を知らせる鐘が鳴ります。しかし毎時間、52分とか56分とか、中途半端な時間に鳴ります。壊れているのかもしれませんが、旅先ならそんなことも楽しめますね。
プロフィール
◆真田純子(さなだ・じゅんこ)
1974年広島県生まれ。東京科学大学環境・社会理工学院教授。専門は都市計画史、農村景観、石積み。石積み技術をもつ人・習いたい人・直してほしい田畑を持つ人のマッチングを目指して、2013年に「石積み学校」を立ち上げ、2020年に一般社団法人化。同法人代表理事。著書に『都市の緑はどうあるべきか』(技報堂出版)、『誰でもできる石積み入門』(農文協)、『風景をつくるごはん』(農文協)など。