第4回:リヨン便り3 地球の表面に刻印された“食べる”こと(湯澤規子)
人文地理学者の湯澤規子さんと景観工学者の真田純子さんの、「食 × 農 × 景観」をめぐるおいしい往復書簡。湯澤さんが訪れた、生産者が育てている「風景を想像できる」商品がおかれた「農民の店」のこと、地理学者の眼が輝く地球の風景についてです。
「地理学は地域の医者であれ」
タラールの朝市(マルシェ)調査のあと、午後は、かつての工場労働者寄宿舎がリノベーションされて、新しい施設になりつつあると聞いたので、その建物を見に行きました。すぐ隣には、かつての染色工場をリノベーションした、地域活性化センターのオフィス兼学校があります。昨年、このセンターで聞き取り調査をした時に対応してくれたのが、「人文地理学を専攻していました」という若い女性だったのが印象に残っています。私も地理学者なので親近感を覚えたことはもちろんですが、「地理学は地域の医者であれ」という言葉を思い出したからです。この地域の農業の調査、新規就農者と農地のマッチングや相談なども担当しているとのことでした。
そして今日の発見は、そのセンターの前に「農民の店」という店舗があったということです。ここでも真田さんの著書「風景をつくるごはん」的な展開を発見しました。この店舗は生産者が共同で運営している直売所で、マルシェのお店バージョンのような場所です。入口に、出店している生産者の農場が記された地図が貼ってありました。販売されている商品には地域番号が付けられていて、どこから来たのかがわかるようになっています。主に地元「ローヌ県」のものを扱っているようでした。それが理解できると、小さな店舗の品ぞろえから、「風景を想像する」ことができるような気がしました。
たとえば、私はここで「バラのお茶」を買ったのですが、有機栽培でバラを育てている生産者がこの近くに暮らしているんだな、どんな農場だろうとか、バラが咲いている時はどんな風景が広がっているんだろう、とごく自然に想像してしまいました。このお茶を味わう時にももう一度、そんなことを考えたりするのだと思います。誰かと一緒に飲んでいる場合には、その人にもそんな話をしたりして。
地理学者の好物!? 窓の外に広がる「食べる」風景
と、ここまで食の話ばかりを書いてきたのですが、私が真田さんと「地球のまかないごはん」というテーマで話してみたいと思ったきっかけについても、少しお話を。
リヨンに調査に来るときには、羽田からドバイを経由してリヨンへという旅程です。地理学者は窓の外から見える景色が大好物なので、私は必ず窓際の席を予約します。そうすると、緑豊かなアジアを抜けてから、アラビア半島の広大な砂漠とわずかな灌漑農地、スエズ運河(今回、ばっちり撮影できて、嬉しい)、地中海、イタリアの細かいパッチワークのような農地、アルプス山脈の山麓を越えて見えてくるフランスのイタリアより少し大きなパッチワークの農地が広がっています。「人新世」とはよく言ったもので、なるほど砂漠のど真ん中にも人間が「食べる」執念のようなものが刻まれていて、人間が地球に手を入れ続けて食べものを得ていることが地球表面の様子からひしひしと伝わってくるのです。そして、イタリアとフランスは同じヨーロッパでも農地の大きさや使い方が異なることもわかります。ということは、食や暮らし、食をめぐる政策なども異なるわけで、興味が尽きません。
そんなことに感激しながら、飛行機の小さな窓に額をつけるように必死に写真を撮っている私。しかし、ふと周りをみると、そんなことをしているのは大きなジェット機の中でおそらく私一人だったようでした(笑)。でも、写真を撮りながら、地球の表面にも「食べる」という行為が風景として刻まれている。それを考えてみたいと思ったわけです。
プロフィール
◆湯澤規子(ゆざわ・のりこ)
1974年大阪府生まれ。法政大学人間環境学部教授。博士(文学)。「生きる」をテーマに地理学、歴史学、経済学の視点から、当たり前の日常を問い直すフィールドワーカー。編著書に『食べものがたりのすすめ―「食」から広がるワークショップ入門』、絵本シリーズ『うんこでつながる世界とわたし』(ともに農文協)など、「食べる」と「出す」をつなぐ思索と活動を展開中。