ストーリー23 中学校のサッカー部指導者ナツキさん
ナツキさんは、中学教師でサッカー部の顧問をしています。ナツキさんの指導するチームは能力のある選手が多く、市内でもいつも決勝に進む強豪でした。ですが、一つだけ問題がありました。生徒たちのガラが悪いことです。相手のチームをけなす、やじる。仲間のミスをなじる。審判に文句を言う。挨拶をしない。用具を大切にしない。ユニホームの着方がだらしない。試合会場に向かう電車の中でも、バスの中でも、まわりの人の迷惑を考えない。ナツキさんは、こんな状況に頭を痛めていました。
ある日、学校に一本の電話が入ります。近所からの苦情です。サッカー部員が庭にボールを蹴り込んだということでした。大切な植木をダメにされたと怒っているのですが、どうやらそれだけではなさそうです。その部員たちが全然悪いことをした自覚がなく、誠意をもって謝らなかったことに憤っているようでした。ナツキさんはすぐにお詫びに行きました。
「私はJリーグのサッカーを応援に行くぐらいサッカーが好きだ。うちの子どもも同じ中学でサッカーをやってきた。だから本当はいまでもあなたたちのチームを応援したいと思っている。でもこんな選手たちの試合なら見たくもない、応援する気にもならない」
翌日、練習を休みにして、サッカー部員を全員集めてミーティングが開かれました。近所のおじさんのことばをそのまま部員たちに伝えました。
「サッカーの好きな人に、こんなチームの試合は見たくもないと言われるのがどういう意味かわかるか?どんなに強いチームでも、みんなに応援してもらえないようなチームなら無い方がマシだ。いまのままだったら、お前たちが県大会に行っても、誰もおめでとうと言ってくれないし、応援してもくれないんだぞ」
すると驚いたことに、一番能力のある中心的な選手が口を開いてこう話しました。
「この前、親にもうサッカーをやめろって言われた。小学校のとき、あんなに喜んで応援に来てくれて、練習に付き合ってくれて、サポートしてくれていたのに。『いまのお前を見ていると応援する気にならない。サッカーをやる資格がない』って言われた」
「先生の言ってることを聞いてわかった。勝てばいいんじゃないんだ」
ナツキさんは部員たちに、大会の運営を手伝うことを提案しました。サッカーよりも先に、自分たちができることを一生懸命にすることを覚えてほしいと呼びかけました。
サッカー部員たちは、大会のたびにどのチームよりも早く来て、ラインを引いてグランドの整備をします。大会役員の先生方を大きな挨拶の声で迎え、本部まで案内します。来場した保護者の自転車を並べ直します。開会式や閉会式の準備も後片付けも、すべて彼らの役割です。自分たちの試合がある日もない日も、地道な手伝いをずっと続けました。
部員たちはこの役割をやり遂げて、引退していきました。最後の試合終了後、応援に来てくれた保護者や地域の方々、相手チームからも、大会役員の方々からも、大きなあたたかい拍手が送られました。成長した選手たちは立派な、誇らしげな顔をしていました。
いまこの市内のサッカー大会は、保護者だけでなく、OBやその保護者、近所のサッカー好きのおじさんや小学生プレーヤーたちまで見に来るようになりました。選手のプレーに歓声をあげ、あたたかい拍手を送ります。もちろん、市を代表して県大会に進むチームにも惜しみない声援が送られます。
不思議なものです。当時の部員たちだけでなく、この地域のサッカーも変わったようです。本当によかった。
ほめられると調子に乗って、伸びるタイプです。サポートいただけたら、泣いて喜びます。もっともっとノートを書きます。