自分には価値がないと思い込んでいたために、後悔した思い出
今回は…
「自分には価値がないと思い込んでいたために、後悔した思い出」
について、書いてみたいと思います。
自分の勝手な思い込みが、行動にブレーキをかけていることに、気付いていただければ嬉しいです。
今は、諸般の事情により旅行を控えているので…
昔し(12年前)の出来事を思い出しながら、書いてみます。
2008年の夏休みに、あこがれの八ヶ岳へ行きました。
私にとって、今回の旅の最大の目的は、前から気になっていた「八ヶ岳倶楽部」に行くことでした。
くねくねと急なカーブが続くなれない山道を、何度も繰り返しながら登り続け、
やっと山道のドライブに慣れて来たと思った頃に、目的地が現れました。
「八ヶ岳倶楽部」は、まるで雑木林の中で、かくれんぼをしているかのように
静かに、ひっそりと、森の中に溶け込んでいました。
建物の中に入って最初に目にとまったのは、ギャラリーに置かれていた小物達でした。
今までに見た事もないような珍しい物ばかりで、思わず財布のひもが緩んで
しまいました…汗
手入れの行き届いた雑木林の中を歩いていると、とっても気持ちが落ち着いて
きて、まるでそこだけ時間が止まっている様な、不思議な感じがしてくるのでした。
何よりも嬉しかったサプライズは、自分がそこで購入した本に、著者(柳生博氏)
がその場でサインを入れて下さったことでした。
テレビで見たことしかない超有名人に、いきなり会わせて頂いた上に、サインまで
してもらえるなんて、感激で言葉も出ませんでした(一言お礼を言っただけでした)
帰り道、どうしてもっと気の利いた質問をするとか、握手を求めたり出来なかったんだろーと、ずーっと後悔していました(せっかくの楽しい思い出が、台無しです…)
その時の日記には、このようなことが書いてありました。
今にして思えば、あの時には、まだ本をよく読んでいなかった(著者がこの場所で
何を考え、何を実践しているのかが解っていなかった)だから、自分には質問できるだけの価値・資格が無かった(準備が足りなかった)。
今度行く時には、しっかり勉強して、質問できるだけの価値を身に付けてから握手をお願いしてみよう…
あれから12年経った今、あの時の自分に戻れたとしたら、自分はどんな行動を取れるだろう?
おそらく、何の準備も出来ていなかったとしても、素直に手を出して、「握手して下さい」と言えることでしょう。
人に何かをお願いする時に、「自分にはその価値があるだろうか?」という質問を自分に投げかける習慣は、いつ身に付けてしまったものか分かりませんが、多くの人が持っていることでしょう。
しかし、その習慣こそが人の行動にブレーキを掛け、行動できない人間に変えていた原因だったのです。
相手は、自分に価値があるか無いかの判断結果など、求めていないのに、勝手に気にして、行動をやめる口実に使っていただけだったのです。
今は、そのことが分かっている(ブレーキが外れている)ので、素直にお願いすることができるのです。
今回、このnoteを書いていたら、12年ぶりに「八ヶ岳倶楽部」へ行きたいという気持ちが、もくもくと湧いてきてしまいました。