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菜の花忌特別企画・司馬遼太郎初期長編を読もう!②『花咲ける上方武士道』
こんにちは、青星明良です。
この読書エッセイ『青星の読書放浪記』は、私が色んなジャンルの本を放浪し、推し作品をみなさんに紹介していくための連載です。
2月12日は、私が尊敬する司馬遼太郎先生の命日にあたる菜の花忌。
そこで、今週の2月10日(月)~2月14日(金)の5日間にわたって司馬先生の初期長編小説『梟の城』『花咲ける上方武士道』『風の武士』『戦雲の夢』『風神の門』を紹介していくことにしました。
第2回目の今日は、異色な人物が主人公の『花咲ける上方武士道』です。
作品紹介
司馬遼太郎『花咲ける上方武士道』(中公文庫)
風雲急を告げる幕末、公家密偵使・少将高野則近の東海道東下り。大坂侍・百済ノ門兵衛と伊賀忍者を従えて、恋と冒険の傑作長篇。
というわけで、司馬先生の長編第2作は幕末もの。
しかし、坂本竜馬や西郷隆盛、高杉晋作などといった有名な志士たちは登場しません。
主人公は、高野則近。お公家さんでありながら凄腕の剣士という異色な人物です。
尊皇攘夷の機運が高まる江戸時代末期。
京の公家たちは「もしかして、数百年ぶりに政権を奪取するチャンスなのでは……?」とそさそわ。
でも、彼らは、打倒すべき江戸幕府のことをなんにもわからんらん状態でした。
それもそのはずで、江戸に徳川政権ができて以来、京のお公家さんたちは、一部の例外をのぞいて江戸へ行ったこともなかったのです。
誰かが、江戸へ下向して敵情調査をしなければいけない――。
そこで、白羽の矢が立ったのが、下級公家の高野則近です。
彼は、実家がめちゃんこ貧乏だったので売られるかたちで大坂の商家へ養子入りしていましたが、朝廷に呼び戻されて公家密偵使の任を授かります。
ただ、幕府側も、この動きを察知していました。
公家密偵使なんて迷惑至極のノーサンキュー。でも、江戸へと下る則近を白昼堂々斬るわけにもいかない。ここは闇討ちするにかぎる。
そう考えた幕府は、雅客(京に潜入している幕府配下の忍者)を使い、則近を道中暗殺しようと企みます。
果たして則近は無事に江戸へたどりつけるのでしょうか――。
次からは、この小説の読みどころをいくつか書いていきたいと思います😊
主人公は爽やかな公家剣士
とにかく、主人公の則近がモテます。
敵味方や男女の区別なく、モテるモテる(笑)。
しかも、お公家さんなのにめっぽう強いです。
また、主人公が密偵という立場のばあい、ふつうは陰惨な物語になったり、使命のため主人公が非道な行動に走りがちなのですが、則近は最後まで爽やかな公家剣士であり続けます。
後年、司馬先生は『竜馬がゆく』という永遠の青春小説を生み出します。主人公の坂本竜馬は、幕末を駆け抜けた爽やかな好男児として、今でも多くの読者に愛されています。
司馬先生が好む、男女に愛される颯爽とした若者像の原型のようなものが、則近ら初期作品の主人公にも感じられる……。私はそんな気がします。
キャラが濃ゆい2人の「上方武士」
「主人公がお公家さんなのに、なんでタイトルが『上方武士』なの?」
ここまで読んできて、そう不思議に思われる方もいるかも知れませんね。
しかし、ちゃんと「上方武士」は登場します。それは、
大坂侍の百済ノ門兵衛
伊賀忍者の名張ノ青不動
則近の江戸下向に付き従うこの2人の男です。
門兵衛は、大坂でよろず口利き屋というなかなかけったいな商売をやっている人物です。則近の養子縁組を仲介したのもこの男だったりします。
剣の腕が立つ頼れる仲間…………ではあるのですが、商魂たくましく抜け目ないところがあるのが則近にしてみれば困ったところ。
青不動は、あるじである尊融法親王(孝明天皇の側近)の命令で則近のガードマンとなった忍者です。
江戸下向の道中、コメディリリーフの役割を果たすことが多く、可愛く感じる私のお気に入りのキャラです。
忍者の直感で、脅威が接近すると体がガタガタ震えてしまうという体質(?)を持っています。門兵衛が青不動の胴をつかんでもずっと震え続けている場面などは、ついクスッと笑ってしまいました(笑)
このお供の2人、犬猿の仲ながら良いコンビ。
物語の前半は、門兵衛と青不動が旅の賑やかし役となり、2人の掛け合い(ほとんど口喧嘩)が楽しいです✨️
お公家さんはつらいよ
ただし、お供の2人は則近に男惚れしながらも、絶対服従しているわけではないんですよね。それぞれに思惑があって、則近に随従しています。
門兵衛は、公家である則近の尊い血筋に目をつけて、ひともうけすることを狙っていたり……。
青不動は、尊融法親王の内意を受けて、ある内親王と則近をくっつけようと画策していたり……。
(まったく、公家や宮というのは、まるで下人たちに担がれて利用されるために生まれてきたようなものだ)
お公家さんという特殊な立ち位置の主人公の悩みは、これまた特殊なもののように思われます。
でも、私たちも普段の生活で、周囲からおだてられて担がれたり、知らないうちに利用されていた……ということはけっこうあるのではないでしょうか? その人たちに積極的な悪意がなかったとしても、自分の意思に反して我が身があらぬ方向に流されて行くのは、非常なストレスです。
この連中にかつがれている自分は何者なのだろう。ゆくすえ、一体おれをどうしようというのだ。といまさらのように肚がたってきた。
(これは、逃げるにかぎる)
というわけで、物語の後半になると、プッツン切れた則近は門兵衛と青不動を置き去りにして、唐突な一人旅に(!)。
俺を利用しようと思うのは勝手だが、それから逃げるのも俺の勝手だ、というわけですね。
そうです、嫌だと思ったら自分が潰されちゃう前に逃げてもいいのです。
逃げるは恥だが役に立つ‼️(少しだけメタな発言をすると、門兵衛&青不動コンビのキャラが濃すぎて、主人公である則近の影が微妙に薄くなっていく危険性があったので、司馬先生は主人公に単独行させたのでは……とも思ったり思わなかったり😅
ただ、巻末の解説で出久根達郎氏が語っているように、「主人公が一人になった時、物語は俄然、面白くなる」のでご安心を)
則近ただひとりで江戸をめざす道中。
これ以降、物語は一話完結で次々と事件が起きるロードムービー仕立てとなっていきます。
そして、様々な経験から則近は江戸――武家政権の終焉が近いことを肌で感じていくのです。
公家らしい風雅な恋と、公家らしからぬ剣劇の連続で、読者を魅了してくれる後半の一人旅もたっぷり面白いのでお楽しみに✨️✨️
そして最後は……
公家である則近を担ぎ上げようとするのは、門兵衛や青不動だけではありません。江戸を目前にして、新たな勢力――薩摩藩が登場します。
朝廷との接近を目論む薩摩藩は、少しでも多くのお公家さんを味方に引き入れるため、則近に接触をはかってきたのです。どいつもこいつも面倒すぎる……!
則近は終盤、自分を利用したがる連中を振り切って、ある女性の手を取ります。
ただ、その彼女も、恋愛成就のためなら何を仕出かすか分からないトラブルメーカーっぽいんですよね(笑)。
この後、則近は無事に上方へ帰れたのでしょうか……😅
まあ、あれだけ剣の腕が立つのなら大丈夫かな。
余談ながら
本筋とは関係ないのですが、物語の序盤に喧嘩屋の大蔵という名前がチラッと出てきます。この人物、どうやら司馬先生の短編『丹波屋の嬢さん』のメインキャラと同一人物っぽいんですよね。(ただし、「たいぞう」と「だいぞう」で名前の読みがちがう)。
文字通り、喧嘩の請け負いを商売にしている人物で、百済ノ門兵衛に負けず劣らずけったいなキャラクターです(笑)
『花咲ける上方武士道』本編には名前だけの登場ですが、短編の『丹波屋の嬢さん』では大活躍していますので、気になる方はぜひ読んでみてください。『司馬遼太郎短篇全集 第三巻』に収録されています。
今回の読書放浪はここまでです。
最後までご覧いただき、ありがとうございます‼️
「青星の読書放浪記」特別企画・司馬遼太郎初期長編を読もう!
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