仕事ができる人と思われたい病
なぜか昔から、「仕事ができる人」への憧れが異常に強く、それゆえに「仕事ができない人」と思われることに恐怖すら抱く。
憧れるのは全然わかるのだけれど、恐怖や恥、苛立ちを覚えるまで行ってしまうのは本当にどうにかしたい。
「適材適所」という言葉があるように、一人ひとり得意なことも苦手なことも違うから、一概に仕事ができる/できないとは言えないことは頭ではわかっているのに。
改めて、仕事のできる人でありたいとここまで強く執着してしまう理由について考えてみて、ひとつ思い当たったことがある。
それは、「仕事ができない」と評された人が、見下されたり呆れられたり虐げられたりしているのを何度か目にしたことがあるからかもしれないということ。
仕事ができないと評された人に、社会、というか人は厳しい。
まあ、その人の分の仕事をしなくてはいけなかったり、ミスをカバーしなくてはいけないこともあるだろうから、そうなってしまう気持ちもわかる。
でも、そうなった時の居心地の悪さは、想像するだけで耐え難い。
とは言っても、今のような強い執着は手放して、「仕事ができないって思われたっていいじゃない」と思える心の余裕を持ちたい。
じゃないと社会人生活、長く持たない。
どうしたら、そういう心待ちに変われるか、日々壁にぶち当たる度に試行錯誤中している。
この「仕事できる人と思われたい病」を克服した経験のある人がいたら、ぜひその方法を教えてほしいです。