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【いじめ】「居場所」がないあなたへ

こんにちは、だいきです。


今回は、学校生活でずっと苦しんできた、
「居場所」について、お話ししようと思います。


あなたに「居場所」はありますか?

学校や部活、サークル等々

所属する団体、場所は色んなところにありますが、「ここが私の居場所」と思えるところは意外と少ないのではないでしょうか?


僕は、学生時代、ここが自分の居場所なんだと思えるところが、1か所あれば良い方でした。

1か所だけでもあれば、そこにフォーカスして、
楽しい思い出を作っていけば良いから、
気楽に過ごせていたのです。

でも、自分の居場所だったと思っていたところが、
仲間の裏切りによって、居心地が悪くなってしまった。

そんなことがありました。

特に、思春期は、感情のぶつかる場面が多く、
そこで関係がこじれることもありました。


それでも、学校にはいないといけない。
部活にも顔を出さないといけない。

“want to”が“have to“となり、
自分を苦しめる結果となりました。


でも、本来、「居場所」というのは、
自分が居心地の良い場所だけを指すものではないのです。

居心地が悪くても、居る場所がある。

それが、「居場所」の意味です。


よく、子どもたちの居場所づくりをしましょう
と言われますが、文科省ではこのように定義しています。

「居場所づくり」とは、児童生徒が安心できる、自己存在感や充実感を感じられる場所 をつくりだすことを指しています。
文部科学省
国立教育政策研究所

僕は、居心地の悪かった学校も、
自分にとっては立派な居場所だったなと思います。

自分の机といすがある。

これが居る場所があることの証左です。

いくらいじめられていようとも、
いくら学校に行きたくない事情があろうとも、
居場所自体は存在します。

その居場所を手放しているのは自分。

僕も、クラス中からハブられた経験がありますが、ちゃんと机といすはありました。

必ず、居場所はあります。
辛くても、居場所はある。

そう思うだけで、1ミリくらいはホッとしませんか?


私はいじめられてる・・・
もう学校には居場所がないんだ・・・

そう思ってしまう人がいるかもしれませんが、
「居場所がない」と自己催眠をかけると余計辛くなります。

私は、確かにいじめられてる。
クラス全員から嫌われている。
だけど、「居場所」はここにある。

そう思うだけで、ほんのわずかな希望は残ります。


>児童生徒が安心できる、自己存在感や充実感を感じられる場所 をつくりだす

場の特性は、人によって変わります。

担任の先生やクラスメイトはどんな人か。

自分と彼らとの関係性で、自己が定義づけられます。

なので、本来的に、自己存在感や充実感を感じられる場所をつくりだすことはできません。

それを決めるのは、
作り手ではなく、受け取り手です。


いじめもそう。

いじめている側が、いくらいじめてないと言っても、
いじめられている側が、いじめられていると訴えたら、
それは立派ないじめです。


もし、いま自分の居場所がないと感じていても、
大丈夫です。居場所は必ずあります。

「学校に居場所がない。」

OK。

学校に居場所が無いのは、
勉強についていけないから?
それとも、人間関係で悩みがあるから?

誰にも相談できないなら、それで良い。

自分だけしか見れない秘密のノートを作って、
そこに思いのたけをぶつけよう。

もし、見られるのが怖かったら、
書きなぐった後に、ノートを破って捨てたらいい。

苦しい思いを、ごみ箱に捨てる。

これだけでも、自分の感情を捨てられるから、
心が軽くなります。

もしかしたら、これをした後に泣けてくるかもしれない。それでもっと心は軽くなる。

どんどん重荷を下ろして、
心を軽くしていきましょう。


そして、いつか自分本来の「居場所」に戻れるように。

そんな希望を胸に、また明日から新しい一日を始めてみませんか?


それでは、この辺で。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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