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SNS普及前後のプロレスファンの違いはなんなのか
プロレスファンは3種類のカテゴリーに分けられるという人がいた。
私はこの手の話題が大好物なので、早速記事にしているのだけれど、いわゆるマーケティングのターゲットの部分に当てはまる話だ。
通常大分類のみでは解決するまでに至らないので、あくまでもいちプロレスファンとしてのふんわり考察として。
その3種類とは
SNSが普及する前にファンになったひと
SNSが普及し始めた頃にファンになったひと
SNSが当たり前になってからファンになったひと
この3種類のファンを満足させることが必要であると結んであった。
普及以前とSNS当たり前世代は、容易に想像がつくが、普及し始めた頃の人というのは一体どんな人物像なのだろうか。
私の中で、ここが少し引っ掛かった。
我が家には寝起きにボーッとしながら、ズバリの意見を言う人物が存在する。
大抵私の方が早起きで、スマホを弄りながらこんなことを考え、煮詰まった頃に目覚める。
寝起きが悪いので、口数はいつも以上に減少して、ほぼ単語のやり取りになるが、時々仕事で煮詰まった時、御告げを貰う感覚で話しかけていた。
本日は何気なく「SNSが普及していない時にプロレスファンになった人と、当たり前世代と何が違うの?」と投げかけた。
ボーッとした顔で「距離感。」と出た。
おみくじ感覚。
そうか、距離感。
少しずつ目覚めてきた人間Siriに「プロレスラーとの距離?」と投げかける。
「遠い。」
我が家のSiriはSNS普及前後からのプロレスファンで、いわゆる昭和プロレスもかじっている。
プロレスの情報を得るのは週刊プロレスが軸となり、現地観戦の数はプロレスファン歴半年の私と大きく変わらない。
プロレスを観に行くということが、ちょっと飲みに行く感覚の私と違い、明らかに大イベントなのだ。
観戦は現地だけとは限らない。
私はプロレス観戦するようになって、サブスクのネット配信だったり、PPVでスマホでも観戦している。
そこも大きな違いだろう。
昭和プロレスの現地以外の観戦は地上波のテレビで、ぎゅうぎゅう満員の会場で罵声だの熱狂したファンの応援だの、紙テープも投げられている非日常空間を、日常生活を送っている家で観る。
もちろんその光景すら、私はネットで見ているだけなのだけれども。
ファンとプロレスラーとの距離、現地観戦との距離。
距離感を考えた時、SNS普及後の距離は明らかに近い。
オタク、という存在で紐付けて、アイドルに置き換えて考えてみる。
会えるアイドルとしてAKBが成功したように、週末のヒロインとして、路上ライブでももクロが成功したように、距離の近さを特別だと感じていたのが、私がピンと来なかった「SNS普及前後からファンになったひと」の特徴ではないかと感じる。
さて。
3種類のファンを同時に全部満足させる、ということは果たしてできるのか。
そしてそれを目指すのが、正解なのか。
そこから考えてみるのも面白いのかもしれない。