10年経ってもトロピカルパフェ事件の煌めきは色褪せない
『夏期限定トロピカルパフェ事件』という小説があります。
『氷菓』や『さよなら妖精』で知られる米澤穂信さんの推理小説です。この小説はシリーズもので他に『春期限定いちごタルト事件』『秋期限定栗きんとん事件』が刊行されており、最近11年ぶりの続編として『巴里マカロンの謎』が出版されました。次絶対「冬期限定」だと思ってた…。
おおざっぱな内容としては「小市民」を志す高校生小鳩くんと小佐内さんが次々と事件に見舞われなんだかんだで解決。そして毎回そこにはお菓子が絡んでいる…というなんとも可愛らしいシリーズです。人は死にません。この可愛らしいモチーフといい可愛らしいイラストの表紙といいライトノベルかしら?と思う方もいるかもしれませんが、なんとこのシリーズ、創元推理から出ています。創元推理です。ライトノベルを批判するつもりはありませんが、創元推理はその、すごいんです。ゴリゴリです。
私はたしか小学生の頃に何かの拍子にトロピカルパフェ事件の中の『シャルロットだけはぼくのもの』という章のみを読みました。小鳩くんが小佐内さんの分のシャルロット(ケーキ)を横取りするために知恵を働かせる章です。この章で文章のスマートさと程よい緊張感の無さ、主人公小佐内さんのコケティッシュさの虜になりトロピカルパフェ事件を購入し、夏期→春期→秋期、という滅茶苦茶な順で読み漁りました。当時からシリーズの中でも私はトロピカルパフェ事件が群を抜いて大好きで、何故か2冊持っています。
そもそも何故主人公小鳩くんと小佐内さんが「小市民」を目指しているかというと、小鳩くんは探偵めいたことをしてしまう「狐」の自分、小佐内さんは復讐することに喜びを覚える「狼」の自分を封印して平和に生きるためです。二人とも中学時代にその性分のせいで痛い目にあったそうで…。しかしこのトロピカルパフェ事件、「小市民」も「平和」も何も無い。小佐内さんが誘拐されるという大事件により狐と狼が丸出しになるんです。なかなかに過激な展開になります。
そしてこのトロピカルパフェ事件で小鳩くんと小佐内さんの内面にも大きな変化が起きるんです。これまで人間的な感情がほぼ出なかった二人に、ほんの少しだけ感情の色がさします。たまりません。
トロピカルパフェ事件を読んでいた当時は「小学生ほどの身長で」「大人しそうに見えるが復讐好きの狼で」「コケティッシュ」な小佐内さんに共感と憧れを覚え、髪型を揃いのボブカットにしてみたりしたものです。身長145㎝で周囲に敵意抱きまくりの私としては、小佐内さんは希望の星、お手本でした。
しかし11年も経つと流石に小佐川さんの真似はしなくなり、続編が出たと聞いても果たして小学校の頃に読んでいた本を今も同じく楽しめるのか一抹の不安はありました。しかしそんなものは杞憂で、大人になってしまった今でも純粋に推理小説として楽しむことができました。「小市民」シリーズは、変わらず甘くて綺麗なお菓子のような小説でした。
それでも私の記憶力は小鳩くんのように良くはないので、『巴里マカロンの謎』を読み進める中で「堂島健吾ってどんな人だっけ?(小鳩のゴツい友人)」とか、予期せぬ謎が出てきました。
そこでシリーズ全巻読み返しました。そして再び出会ってしまいました。トロピカルパフェ事件に。青春の味と主人公二人の鋭さと、高校生の二人だからこそ見えている世界と、大人になったからこそ見える二人の言葉になっていない感情などを感じて最高でした。あと単純に大人になった今の方がスイーツの名前をよく知っているので味も想像できて良かったです。
私はどちらかというと1度読んだ本、特に子供の頃に読んだ本は読み返さないことの方が多いので、この本は「10年越しに愛した特別な本」となりました。
『夏期限定トロピカルパフェ事件』は愛すべき素敵な本です。シリーズはぶっ飛ばしてでも、トロピカルパフェ事件だけでも読んでほしいくらい素敵です。
夏が来るたび読もうと思います。