観た映画の感想 #111『またヴィンセントは襲われる』
『またヴィンセントは襲われる』を観ました。
ワンアイディアで押し切るタイプのスリラーかと思ったし実際そういう面もなくはないんですけど、それだけじゃなく考えさせられる部分もあったりでなかなか楽しめました。
まず、「目が合った人全員が」「目が合った瞬間に」襲いかかってくるわけではないっていうのがスリリングなんですよね。最初に襲いかかってきたインターン生を取り押さえてた人達とか、その次に同僚に襲われた後で事情聴取してくれた警官、あとは避難先で会った昔なじみの女性なんかは最後まで普通に接してくれてたし、全員が襲ってくるわけじゃないし目が合ったからといってすぐに襲ってくるわけでもない。逆に言うと誰がいつどのタイミングで襲ってくるかも分からないわけで、この緊張感が最後まで一貫してたのはスリラーとして良い塩梅でした。
で、主人公のヴィンセントさん。劇中での描写からしてたぶん建築系のデザイナーで、体よりも頭で仕事するタイプの人だと思うんですけど、突如身に降りかかってきた不条理に対してわけが分からないなりに自分の力で、つまり肉体的・物理的にこの状況を乗りきろうとするタフさがあるのも意外でよかった。向かいのアパートの住民を見て「目が合うと襲われる」って法則を導き出して、早々に荷物をまとめて郊外の一軒家に避難。そこでも襲われても戦えるように体を鍛えて護身術の勉強をしたり、スタンガンやテーザー銃を取り寄せて反撃に備えたり……
余談ですけどここのくだり、スタンガンを相手に向ける練習をしてる時のヴィンセントさんがなんか妙に間が抜けててシュールだったんですけど、ここに限らずこういうぬるーい温度感の笑いがたびたび入ってくるのもフランス映画っぽくて良かったですね。マンションの子供ふたりに襲われてポカポカ殴られてる時とか、避難先で襲われたのが故障した浄化槽の側だったばっかりにぬかるんだ肥溜めみたいな地面で汚泥まみれになったりとか、遭ってるのはほんとに酷い目なんですけど、どこかにゆるい面白みがある。同じ「酷過ぎて一周回って笑える」でもアリ・アスター監督とかとはまた違った温度感のユーモアなんですよね。
(同じ境遇の人達が作ったネットワークという協力者があるとはいえ)ずっとひとりぼっちの戦いだったのが、目を合わせても襲いかかってこないウェイトレスのマルゴーと出会ってからはちょっとトーンが変わっていくんですよね。でも結局マルゴーにもやっぱり襲われて……それでも目隠しをしたり手錠で体をどこかに固定したりして、二人でいることをやめない。それどころかヴィンセント自身にも目が合ったマルゴーを襲う症状が出てしまって、それでもやっぱり二人は一緒にいることをやめないんですよね。要するにこの映画で描かれてる「理不尽に襲いかかってくる暴力」って誰しもが内側に持っている暴力性のことで、誰しもが持っているものだからこそ上手く飼い慣らしていかないとならないってことだと思うんですよ。なぜなら人は他者と関わることでしか生きていけない生き物だから。
これがフランス映画だってことを考えると、国内で起きた大規模な暴動の影響も多少はあるんじゃないかなーと思ってるんですけど、始まった時には思いもしなかった余韻の深さも含めて個人的には結構好きな一本でした。