映画感想 #144『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』
『スピーク・ノー・イーブル 異常な家族』を観ました。
2022年のデンマーク・オランダ合作映画『胸騒ぎ』(原題はこちらも”Speak No Evil”)のハリウッド版リメイク。
この『胸騒ぎ』は日本での公開が今年の5月だったので、オリジナル版とリメイク版が同じ年に劇場公開という結構珍しいパターンです。
僕はオリジナル版も好きだったんですが、リメイク版のこちらもかなり好きです。なんなら「良質なリメイク映画」という括りでも上位に来る。
少し前のアフター6ジャンクションでリメイク映画総選挙という企画がありましたが、もし2回目があるとしたら本作に一票入れたいまである。
本作がリメイク映画として優れていると思うのは、オリジナル版を踏襲している部分もきちんとありながら、それでいてオリジナル版にはなかった登場人物の掘り下げも効果的に行っていて、最終的にはオリジナル版とは全く違ったところに着地するという「知ってる!」と「何これ見たことない」のハイブリッドな映画になっているところ。
ノベルゲームで例えるなら前半は共通ルートで、途中でルート分岐した先のバッドエンドがオリジナル版、ノーマルエンドがリメイク版ってところでしょうか。オリジナル版『胸騒ぎ』がとにかく全く救いのない終わり方だったのに比べるとリメイク版の本作は幾分救いのある終わり方になってるので、その点を指してヌルくなったという向きもあるかもしれませんが、個人的にはそこに至るまでの道筋がちゃんと描かれてるので「同じシナリオの別エンディング」としては納得のいくものでした。
例えば「おもてなしされるほう」の家族の家族仲、とりわけ夫婦仲があまり上手くいってないのはオリジナル版『胸騒ぎ』も本作も一緒なんですが、オリジナル版の夫婦・ビョルンとルイーズは「おもてなしするほう」の家族・パトリックとカリンの家を訪ねてから起きたことが原因でギスギスし始めるんですよね。もてなし方とか子供への接し方に対する不信感とか、それをパトリック達に伝えるの伝えないのっていうことで。
それに対して本作のベンとルイーズは最初から娘との接し方で揉めてるし、ベンはそれに加えて失職で「家長らしい自信」を喪失した状態、ルイーズも自身の不倫が原因で負い目がある状態っていう設定が追加されていて、これがパトリック達に付け入られる隙としてオリジナル版以上のフックになっている。
あとは子供たち。
オリジナル版ではパトリック達に対して全くの無力だし、なんなら娘のアグネスは一度はパトリックの家を脱出できたにも関わらず再び戻ってしまう展開のある意味最大の戦犯でもあるわけですよね。「うさぎのぬいぐるみ忘れちゃった!」→「やっぱり車の中にあったわ!」ってお前ー! っていう。あのくだりは正直オリジナル版のかなりストレスな部分だったんですけど、今作ではちゃんと(?)家に忘れてるし、パトリック家の”子供”アントとの関係性もオリジナル版以上に密。子供は子供で色々考えたり行動したりして子供なりの世界というものがあるし、そしてそのことがまさにオリジナル版にはない本作独自の分岐へと繋がっていくのがダークなジュブナイルみもあってサスペンスフルで楽しかった。
ーーーーーーーここからネタバレのレベルを少し上げますーーーーーーーー
子供たち、とりわけオリジナル版ではあっけなく殺されてしまう立ち位置のアントの決死の行動によって、パトリック夫妻との「対決」というオリジナル版とは違った展開になっていった時に「こっちはそうくるのか!!」って膝を打ったんですよ。先述した通りオリジナル版はあまりにも救いがなさすぎる結末だったし、「理不尽に対しては黙らずに行動する」ことで事態が好転するっていうのはそこに対する批判的な発展にもなっている。
狭い家に立てこもって姿を隠しながらの攻防もスリリングで、そこでまた色々なアイテムを伏線回収的に使っていくのがよくってねー。「あのステーキフォークここで使うのかー!」とか「あの深呼吸アプリここで使うのかー!」とか。
それにしてもジェームズ・マカヴォイ。
すっかり変な役ばかりで輝く俳優になってしまいましたけど、今作の怪演も本当に良かったですね。
冒頭のプールのシーンで「これ空いてるかい?」って譲ってもらった長椅子を、ガリガリガリガリって乱暴に引きずりながら自分のところに持っていくところでもう「あーもうこいつ無理! 無理すぎて最高!」ってなりましたもん。
あとはベンとルイーズが口論してる時に、彼らの部屋の中をのぞくシーン。オリジナル版『胸騒ぎ』だと透明なガラス窓から結構しっかりとのぞいてたと思うんですけど(記憶が曖昧なので間違ってたら申し訳ない)、今作だと定点カメラみたいなアングルの長回しで二人がずーっと口論してる途中ですりガラスの向こうに一瞬だけヌッ……て出てくるんですよね、アハ体験みたいに。あのシーンが正直この映画で一番不気味だった。
僕がマカヴォイを初めて観たのは『ウォンテッド』だったので、今みたいな立ち位置の俳優になってるってその頃は想像もしてなかったなあ。