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観た映画の感想 #118『サユリ』

『サユリ』を観ました。

監督:白石晃士
脚本:安里麻里、白石晃士
出演:南出凌嘉、根岸季衣、近藤華、梶原善、占部房子、きたろう、森田想、猪股怜生、久保遥、照井野々花、森田亜紀、池田良、今城沙耶、吉田萌果、志水九九美、ジェントル、太田湧大、大友至恩、久保山智夏、藤田あずさ、旭桃果、他

念願の一戸建てに引っ越してきた神木家。夢のマイホームでの生活がスタートしたのもつかの間、どこからか聞こえる奇怪な笑い声とともに、家族が一人ずつ死んでいくという異常事態が発生。神木家を襲う恐怖の原因は、この家に棲みつく少女の霊「サユリ」だった。一家の長男・則雄の前にもサユリの影が近づき、則雄はパニック状態に陥る。そこへ認知症が進んでいるはずの祖母・春枝がはっきりと意識を取り戻して現れ、「アレを地獄送りにしてやる」と力強く言い放つ。則雄は祖母と2人、家族を奪ったサユリへの復讐戦に挑む。
(映画.comより)

https://eiga.com/movie/101479/

先に結論から言ってしまうと、総合的に傑作! です。

原作の漫画は読んだ状態で観に行きました。
とは言え細かい展開とかはうろ覚えだったんで、特に前半のホラー描写はしっかり怖くて楽しめました。

まず、舞台になってる家の間取りが本当に素晴らしいんですよ。よくこんなぴったりな物件見つけてきたなって思います。
原作だと割と普通の2階建てだったのが、映画だと吹き抜けの全3階建て、しかも玄関は階層で言うと2階にあたる部分にあって、階段を降りた先の1階がリビングダイニング、2階に祖父母・父母・お姉ちゃんの部屋、3階が則雄と末っ子の俊の部屋。

で、サユリがかつて住んでいた部屋、つまり霊障の中心地はお姉ちゃんの部屋なんですけど、ここって家の中でどこに行くにも絶対に前を通り抜けるか横切るかしなきゃいけない場所にあるんですね。なので誰がどう動いてもずっと不穏だし、加えて吹き抜けを利用した視線誘導も抜群に上手い。

本作の恐怖演出は基本的にあまりカットを割らないで長回しで見せることが多いんですけど、カメラが吹き抜けを囲む廊下を中心に動くんですね。なので例えばカメラが横に移動していって、その途中で柱に視線が塞がれる、とか、画角の奥にある階段を上り下りする途中で人物がカメラから消える、とか、あるいは吹き抜け自体をカメラが上下移動する中で今まで見ていた階が視界から外れる、とか。白石監督はずっとモキュメンタリーを撮ってきた方だし、長回しを使ったホラー演出も知り尽くしてると思うんですよね。

じわじわくる恐怖演出だけじゃなくて、例えば住田さんが則雄を通してサユリを視てしまうシーンでも、ジリジリと近づいてくるサユリがはっきり見えてくるにつれどんどん不気味さを増していくあたりの「怨霊」としての造形だったりも見事でしたし、サユリに殺されていく家族も映画では原作と違って死体がちゃんと残るのでよりグロテスクだったり。

ちゃんと(?)ホラーしてる前半部分はしっかりJホラー的な恐怖表現を抑えつつ、そこから一気にテイストが反転する後半の勢いもまた素晴らしくて。ここからはとにかくババア(原作者もババアと呼んでるのでこの作品においてはリスペクトを込めてババアと呼ばせて下さい)役の根岸さんが本当によくてね。原作だとテンションは振り切れつつルックは地味でしたけど、映画では髪飾りや服装もジャニス・ジョプリン風(※パンフレット情報)なギラギラのド派手に振り切れててよりパワフルに。

「家の中は常に綺麗に」「よく食べてよく寝ろ」「日光を浴びて体を動かせ」「よく笑え」「命を濃くしろ」って原作にも出てくる台詞ですけど、悪霊への対処法以前に「良く生きる」ための言葉でもあって、人生を力強く肯定する作品だってところも根岸さんの演技も相まってよりガツンと伝わってくる。

あとはご近所さんが連れてきた祈祷師が特に見せ場もなく一瞬でシバかれるくだりとか、なんか過剰なエネルギッシュさが生み出す陽性のパワーとギャグみは原作と白石監督の作風がベストマッチしてて、その点では理想的な座組みだったと思います。

ただ、全てが上手くいってたかというとそうではないと感じるところもあって、それは終盤の展開、というかサユリが怨霊化した背景に関わる部分。

原作だとサユリが引きこもりになった理由って特に説明されてなくて、引きこもってるうえに暴君のような振る舞いをするサユリに耐えかねた家族がサユリを殺す、要するにサユリの自業自得というか家族にも同情の余地があるような描写だったのが、映画だと父親に性的虐待を受け続けたのがきっかけで自室にこもってわざと醜い見た目になるよう暴飲暴食して、という肉付けがされてましたけど、話の流れ的にはサユリをあまり可哀想な子にしすぎないほうが良かったと思うんですよ。

これも原作にはなかった流れで、姿を現したサユリを追い払うために二人がド直球の下ネタを発したり、サユリに連れ去られた住田さんを取り戻そうと則雄が呼びかける言葉の中に「君とヤりたい!!」っていうのがあったりしましたけど、性=生、タナトスに対抗するためのエロスってそれ自体は「死者と戦うための武器は生命力」っていう物語のキモに対しても筋が通ってると思うんです。でもサユリが性暴力の被害者ってことになってしまうとそれはちょっと具合が悪いというか、むしろ最大の地雷なのでは……? かえって逆効果なのでは……? と思ってしまって。「理不尽に家族を奪われたことへの復讐」がババアのモチベーションである以上、サユリも理不尽な存在に留めておいたほうが収まりが良い気がします。これは個人の好みですけど。

不満、というか疑問に思ったのはその一点くらい。
全体的にはかなり上質なJホラーだと感じましたし、むしろホラーが苦手な人にこそ観て欲しい一作だと思いますね。
これを観ておけば今後どんなに怖い映画を観たとしても「でもここに『サユリ』のババアがいればな」みたいな感じで怖さを上手いこと緩和できる気がします。
あちらこちらにハードモードが転がってる現代の人生、心に住まわせるべきなのはやっぱり無敵の存在ですよ。ステイサム、ロック様、ジョン・ウィック、そして『サユリ』のババア。

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