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観た映画の感想 #121『映画検閲』
『映画検閲』を観ました。
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脚本:プラノ・ベイリー=ボンド、アンソニー・フレッチャー
出演:ニアフ・アルガー、マイケル・スマイリー、ニコラス・バーンズ、ヴィンセント・フランクリン、ソフィア・ラ・ポルタ、エイドリアン・シラー、クレア・ホルマン、アンドリュー・ハヴィル、フェリシティ・モンタグ、ダニー・リー・ウィンター、クレア・バーキンス、ギヨーム・ドローネー、リチャード・グローヴァー、他
ビデオ・ナスティに対する論争が巻き起こっていた1980年代のイギリス。映画検閲官のイーニッドは、それが正しいことだと信じ、暴力的な映画の過激なシーンを容赦なくカットする毎日を送っている。その揺るぎない姿勢で周囲から「リトル・ミス・パーフェクト」と呼ばれている彼女だったが、ある時、とあるベテラン監督の旧作ホラー映画に登場するヒロインが、幼いころに行方不明になり、法的には死亡が認められた妹ニーナに似ていることに気が付き……。
(映画.comより)
サッチャー政権下のイギリスで実際に行われていた、ビデオ・ナスティ(過激な暴力や性描写などを理由に低俗な作品とされた映画群)への検閲がテーマの心理スリラー。この時代が舞台の映画だと『エンパイア・オブ・ライト』とかもそうでしたけど、街に充満する生きづらさ、閉塞感が凄い。その空気感を「検閲」という、人が自らの手で自由の幅を狭めていく行為と絡めてパッケージングしているという点がまず上手いポイント。
そして心理サスペンスとかスリラーだと「現実と悪夢の境目が曖昧になっていく」みたいなキャッチコピーがつきがちですが、それを映像的に本当にやってみせたのが本作の特徴の一つかと思います。
例えばイーニッドが帰宅中にいつも通る駅の中の通路みたいな場所で、どこかから女の子の声が聞こえてくる。イーニッドがその声を追って、いつもとは違う道に入っていき、暗闇の奥に消えていく。
そこで何かがあるのかと思ったら、特に何も起こらずイーニッドも何事もなかったかのように次のシーンに飛ぶ。
あるいは、イーニッドが自宅にいるといつのまにか部屋の照明がピンクとか薄緑の怪しい色合いになって、母親が背を向けて部屋にたたずんでいる。イーニッドが訝しがっていると母親が突然振り返って(というか振り返るモーションもなしに突然こちらを向いて)「(妹が失踪したのは)お前のせいだ!!」と叫ぶ。
普通、こういう場面の後って何かびっくりすることが起きたり、悪夢から目覚めるシーンとかが挟まったりするもんだと思うんですけど、この映画にはそういう場面転換がまるで無いんですよね。なので今見せられてるのが現実の世界の出来事なのかイーニッドが見てる悪夢か幻覚なのかがものすごく曖昧。この映画がどこに向かっているのか、どこに連れて行かれようとしているのかが全然分からないのがすごく不安で、スリラーとしてもなかなか楽しめました。
ただ、こういう上手くいってる点と表裏一体の問題として、物語上のかなり重要な部分を観客の想像に委ねすぎているんじゃないかと感じることも多々あって。
例えば中盤を過ぎたあたりでイーニッドが映画プロデューサーのダグをすったもんだの末に殺してしまうくだりがありましたけど、そんなの絶対に問題にならないはずがないのにその後誰も何も反応しないんですよね。
イーニッドが自分自身の記憶も「検閲」している、忘れたいこととか都合の悪いことをなかったこととして振舞っているんじゃないかっていう描写はそれ以前からなんとなーく匂わせてはいて、この出来事もその一環のようではあるんですけど、それにしても周辺の描写がちょっと少なすぎる気がしました。
あとは妹の失踪の真相。これも本当のところはイーニッドが知っていて、やはり記憶を「検閲」してるんじゃないかっていう匂わせはあるんですが、ちょっと投げっぱなし感は否めず。
全体的にはすごく好きな雰囲気の映画でしたし、主演の女優さんも独特な存在感の方で(『キャッシュトラック』に出てたってパンフレットで知ってびっくり)良かったんですが、もう一押し「言い切り」があればもっと好みだったかも。