
観た映画の感想 #120『ACIDE/アシッド』
『ACIDE/アシッド』を観ました。

脚本:ヤシン・バッデー、ジュスト・フィリッポ
出演:ギヨーム・カネ、レティシア・ドッシュ、ペイシェンス・ミュンヘンバッハ、スリアン・ブラヒム、マリー・ユング、マルタン・ヴェルセ、クレマン・ブレッソン、他
異常な猛暑に見舞われたフランスの上空に、不気味な雲が現れる。それは南米に壊滅的な被害をもたらした酸性雨を降らせる危険な雲で、人間や動物のみならず車や建造物までも溶かしてしまう恐ろしいものだった。北部の地方都市に住む中年男性ミシャルと元妻エリースは、寄宿学校に預けていた娘セルマをどうにか救出したものの、酸性雨はあらゆるものを焼き尽くすように溶かし、大勢の命を奪っていく。フランス全土が大混乱に陥るなか、一家は安全な避難場所を求めてあてどなく歩き続ける。しかし彼らの行く手にはすさまじい群衆パニックと、高濃度酸性雨のさらなる恐怖が待ち受けていた。
(映画.comより)
物語の中に酸性雨が出てくる時って地球の環境がもう既に完全に終わりきってしまった後ですよってことをフレーバーテキスト的に表現するものという場合が多いと思うんですけど、そうじゃなくてリアルタイムに襲いかかってくる災害としてめちゃくちゃな強酸の雨が降ってくるってありそうであまりなかったなーと。
酸性雨の酸性度合いの見せ方も予算の規模(推測)にしては低予算に見えないような工夫が随所にあって良かったと思います。被害に遭った人やモノが映るシーンも勿論たくさんあるんですけど、ほとんどの場合は全身が焼け爛れた人や動物だったりサビが全体にまわってしまった車だったり、もう既に雨を大量に浴びてしまった人やモノ。実際に目の前で人が溶けていくのは中盤の橋のシーンくらいだったと記憶してます。
これがハリウッドの大作とかだと群衆が次々とドロドロに溶けていくとか、雨雲に追いつかれた車が道路の奥からどんどん溶けてダメになっていくみたいな派手な描写になると思うんですよね。そういうシーンがほぼないのに、強酸の雨が降ってくる恐怖を説得力たっぷりの絵で作ってるのはシンプルに映画作りが上手いってことだと感じました。
ただ雨雲から逃げた先の建物の中で水道水がまだ安全かどうかを調べるために、たまたまそこにいた野良猫に水道水を飲ませるっていうシーンの時、水を汲むのに使ったプラスチックのトレイも溶けてダメになったっていう描写がありましたけど、プラスチックも溶かすってなるとさすがにそれはもう酸を超えた何かなのでは……? と思わなくもなかったり。
起きてることは全世界規模のディザスターなのに、話の主軸は一貫して主人公一家の危ういホームドラマっていうバランスも個人的には結構新鮮で。監督の長編デビュー作『群がり』も本作のあとで観たんですが、これも「起きていること」と「カメラで切り取られていること」のバランスが同じなんですよね。
昆虫食用に養殖しているイナゴがあるきっかけで血の味を覚えてしまい、おまけに繁殖力も爆増して殺人イナゴが大量発生してしまう……という一種のモンスターパニックだけど、話の主軸はイナゴ養殖業を営む母と思春期の娘の不和という暗黒ホームドラマな映画。面白いけど虫がダメな人にはキツそうな場面が少々あり。
だからジュスト・フィリッポ監督は家族の不和とその先にある和解、みたいなものを描きたい人で、ディザスターはあくまでもそのための高い障壁なんだろうなと。でも『群がり』でも本作でも、最後に落ち着くところに落ち着くまではみんな各々自分勝手なんですよね(笑) 本作においてはそのせいでお母さんが死んだようなものだし、大事なものをいくつもなくして最後に残るものを手にするまでは人間そうそう変われないよ、っていうビターな後味とか、そもそも酸性雨の問題も何も解決してないどころか、これからも酷いことになり続けていくしかないっていうディストピアまっしぐらな幕引きもハリウッド映画とは違ったテイスト。
小粒ながらしっかりとした見応えのある一作でしたよ。