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第三十五候 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)

夏はその生命の溌剌(はつらつ)さの中に、どこか死を匂わせる、と誰かが言っていた。

この印象を聞くのは初めてではない。前にまた、別の人からもそう聞いた。

夏は、その暑さに草木も匂い立ち、草熱れ(くさいきれ)を起こす。入道雲がくっきりとした輪郭を持ち、空に立つ。蝉が、この世の限りとばかり声を張り上げる。新芽が至る所に芽吹きいで、ぐんぐんと枝葉を伸ばしていく。

生きるということ、生まれるということを強く感じさせる。そのことが、表裏一体である死をもまた意識させる。

2、3日経つと、夏の草木はもう前と同じではない。1週間、1ヶ月、1年経つと、人ももう前と同じではないことが多い。

まわりの世界が、ひとの歩みが、とても早く見えて悩ましい。私が遅いのかもしれない。生きられないほどに。どうぞ、置いていってください。いつかまた、会えたら会いましょう。という気持ちにしばしばなる。

私は、夏の草木のように、生きていけるだろうかと繰り返し思う。秋に葉を散らし、冬に茎も枝も細く衰えた後、夏の陽に英気を取り戻す草木のように。傷ついた後、しばし這いずり、ゆっくりと手をついて、起き上がるひとのように。

そんなことを思うとき、私の中に羊文学のマヨイガ*という曲が鳴る。「萌ゆる草木のように逞しく生きて、傷ついたら泣きなさい」「その先が闇に思えようと、行け。行け」と。

傷つくことも泣くこともあり、哀しくてどうしようもなくなることもある。生きていくということに伴う途方もなさに、頽(くずお)れることもある。それでも、いつか穏やかに忘れてもらえるよう、終わりのそのときまで、私はいま、生きている。





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第三十五候 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)
7月29日〜8月2日頃

土が湿り気を帯び、蒸し暑さが増す時期
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参考文献・資料:
*羊文学, 「マヨイガ」. https://youtu.be/W4TOXpA7ktI?si=117oKEkpSoZEVYpQ
山下 景子, 『二十四節気と七十二候の季節手帖』, 成美堂出版, 2013年. https://www.seibidoshuppan.co.jp/product/9784415314846

(晩夏、大暑・次候、第三十五候 土潤溽暑(つちうるおうてむしあつし)

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