光る港
少しさびれた港には
冬の船だまりが揺れている
冷たい北風がコンテナヤードや
タグボードの間を吹き抜ける
太いタイヤとアンカーとビット
その周りにロープやチェーンが巻き付いている
眼下の水面には大小の浮きが羅列して
岸壁の水位すれすれに様々な形状をした貝殻が見事な場所取り合戦の跡を残す
その合間を縫う様に青海苔が波の曲線を描いてへばり付いている
勇漁丸 海生丸といった
威勢のいい名前が書かれた漁船が紺碧の海上に揺れながら定着している
その姿は過ぎ去りし日を
ゆっくりと思い出させてくれた
母が連れて来てくれたあの港でスケッチをした
夏休みの宿題が終わらない私をみかねて母は仕事の休みを取ってくれあの漁港に連れて行ってくれた
いざ画用紙越しに
漁港の風景を目の当たりにして漁船たちの余りに精巧な造りに根を上げそうになったが
せっかく母が連れて来てくれたのだから
一生懸命に描いた
水面には見事に船の形が写し出されていて水のなせる業に感嘆した
夏の終わりの頃だけどこそばがゆい汗が滴り落ちるまだまだ暑いさなかだった
母は黙って待っていてくれた
忙しい毎日であなたの背中ばかり見ていたのに
今日は私が正面からじっと見つめられている
冷や汗もじんわりと
かいてしまいそうだったが
ゆっくりとした波と潮風が
母を穏やかな表情に変えていた
「ゆっくりと描きなさいね」
そう母は言ってくれた
そこからは底光りする
深い青緑と船の美しい形状と
ゆらめきに溶け込んで夢中になれた
家路に着き
色を重ねて仕上げたある朝
絵を見た祖母が言った
「あんたは暗い色ばかり
使っていたけどこの絵は明るくていいよ」
私は今でも港を目にすると
波間を揺れる船のように
ゆっくりとした時間が流れ
テトラポットに波が弾けて
採光を放つように
光に満ちたあの港に
降り立てるのです