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中野 聡/田力本願

法人名/農園名:田力本願株式会社
農園所在地:愛媛県西予市
就農年数:16年
生産品目:米(コシヒカリ、松山三井、ミルキークイーン、にこまる、ひめの凜)と、米麹を使った米麹を使った甘酒「MYNEW(米乳)」
HP:https://tariki-hongan.jp/

no.182

農業は総合格闘技。4人のこれまでの経験が全て生きていて、仲間で取り組めば克服できる

■プロフィール

 京都・宇治の非農家に生まれる。(写真左端)
 愛媛県・宇和町の農家出身の両親が畑を借りていていたので、週末は親と一緒に野菜作りを手伝うなど、身近に農を感じながら小中高まで育つ。

 その影響もあって愛媛大学農学部に進学し、大学院の修士課程を修了。卒業後は、農薬や化学肥料に依存しない自然農法の研究や普及を目的にした「自然農法国際研究開発センター」に就職し、育種や有機農業の宣伝活動を9年間にわたって担当。

 2007年、脱サラして、宇和町で先に農業を始めていた父に合流し、祖父が残した田畑と人伝てに借りた2.5haの水田で稲作を開始。

 2010年7月、柑橘や畜産など若手農家が集まった「西予やる気農家倶楽部」に参加してリーダーの河野昌博さん(写真中央)と親しくなったことをきっかけに、井上裕也さん(同後列)、梶原雅嗣さん(同右端)の4人の米農家で、宇和産の米のPRやマルシェ販売などの活動を展開。2013年には、みかんジュースの搾りかすを活用したオリジナル有機肥料「みかんボカシ」の開発に着手。

 2015年、4人が作る宇和の米をブランドにするための共通ロゴ「田力」のコンセプトが誕生する。同年、米・食味分析鑑定コンクール国際大会で、梶原さんの田力米が都道府県代表お米選手権特別優秀賞に輝く。これ以来、2016年、同コンクール国際大会において田力米が毎年、高く評価されるようになる。

 2016年、4人がそれぞれ作った米を販売する会社「田力本願」を設立。2017年には、酒用の「松山三井」で作った純米酒「田力」、2018年、2019年に純米大吟醸酒「田力」を仕込む。

 2018年、井上さんの「にこまる」が、日本おにぎり協会の「おにぎり食味会」で1位入選、食のプロが実食する「お米番付2018」に入選したことが、県内外から注目されるきっかけになる。

■農業を職業にした理由

 京都・宇治のサラリーマン家庭で育ったが、両親が愛媛の農家出身のため、子供の頃から家庭菜園で畑仕事を手伝いながら成長。愛媛大学農学部、大学院では、限られた閉鎖的な空間で野菜を育てる植物工場のシステムに関して研究する。

 卒業後は「いつか農業したい」という夢を抱いて、自然農法の研究センターに就職するも、講習会などで有機農法について情報発信する一方で、自分自身には農業経験がないことに常に葛藤を感じていた。

 そうしたなか、取材先の兵庫県で魅力的な若手農家に出会ったことがきっかけで、「こんな農家になりたい」という気持ちが高まり、退職を決意。妻子を食べさせていけるのかという不安はあったが、両親や家族の反対を押し切って、2007年に脱サラする。

 すでに父親が早期退職して故郷・宇和町で祖父が残した田んぼで稲作を始めていたため、そこに合流し、父の知り合いのツテを頼って2.5haの水田を借りて、農業を開始。

 有機農業をやっている農家が周囲にほとんどいないなか、消防団やPTA活動、地域の草刈りなどに積極的に参加して地域社会に溶け込む努力を続けた。

 軌道に乗ってきた2010年、地元の若手農業者のグループ「西予やる気倶楽部」に参加するうちに、米麦農家の3人と意気投合し、産直イベントなどに出店するようになるが、その度に愛媛県内でも地元・宇和産米が知られていないことにショックを受け、「このままじゃまずい」と考えるようになった。

 どうしたら宇和の米の知名度がアップするだろう?──悩んだ末、個々の農家がバラバラで米を売るより、共通ブランドを作ろうと思いたつ。そこで「やる気倶楽部」に所属する柑橘農家の紹介でジュースを作った後のみかんの搾りカスに着目。米ぬかやもみ殻、EM菌と混ぜて発酵させた「みかんボカシ」を開発し、米作りの時の肥料として使うことにした。

 ちょうどその頃、地元の地域雇用創造促進協議会が主催するブランディング・パッケージデザインのセミナーに参加し、デザイナー迫田司さんと出会ったことで、自分たちのブランドについてコンセプトを考えるようになった。

 最初はみかんボカシで土づくりした米なので、「みかん米」をイメージしていたが、迫田氏から、「デザインも植物も根っこが大事!農家として一番大事なものを考えよう!」と問いかけられ、2年近く検討を続けた結果、「田んぼで力を発揮するのが男の役割だ」という意味を込めた「田力=男」のロゴとブランド名が決まった。

 そこから黒地に白抜きの「男印」ロゴが生まれ、見る人に強烈なインパクトを与える米袋のデザインが誕生。2015年以降、全国の産地で作られた米を評価する数々のコンクールで受賞し、宇和の男たちが作る米は今や日本を超えて、海外にまで名前を知られるようになった。

■農業の魅力とは

 就農当時は、前職での経験から「有機栽培じゃなければダメだ」と、視野が狭く、頭でっかちになっていましたが、4Hクラブ(全国農業青年クラブ連絡協議会)の活動などを通じて、多くの経営者と交流することで、生産方法や経営の考え方は人によってそれぞれ異なるものだと理解しました。そういう意味で農業は特に多様性が許される仕事だと思いますし、自由度の高さが魅力です。

 田力本願の4人の仲間も、同じ農業をやっていてまとまっているように見えますが、性格はそれぞれ違いますし、個性や前職での経験の違いが農業をするうえでの財産になっています。

 僕は自然農法の知識や経験から、みかんの搾りカスに乳酸菌、酵母菌などの微生物を混ぜ合わせて「みかんボカシ」を開発して土づくりに活かしていることから、“発酵・テクニックのプロ”として「ニック」の異名を持っています。
 
 2歳下の井上は、インターネットを通じて全国の農業仲間とつながり、最新技術の情報収集に長けていますから“情報・ネットワークのプロ”です。4歳下の河野は施設園芸の会社で養液栽培や環境制御技術などのシステムについて学んだ経験から、1人農業でどこまで生産効率を高めることができるか追究している“効率・システムのプロ”。

 そして年齢が一番若い梶原は完璧主義者で、2019年の米・食味分析鑑定コンクールでは、愛媛のオリジナル品種「ひめの凜」が最高位の国際総合部門金賞を受賞し、田力米の知名度が高まる弾みになったことから、”味覚・クオリティーのプロ”と呼ばれています。

 こういったキャラクターもデザイナーの迫田さんが考えてくれたのですが、演じることで“できる”こともあるのです。農業は総合格闘技のようなもので、各々がこれまで経験してきたことはどんなことも無駄ではなく、役に立っていますし、4人が協力して取り組めば大抵のことを克服できると思っています。

■今後の展望

 僕は今、50歳。平均年齢68歳の農業界では若い方ですが、現役で田んぼに出られるのはあと10年くらいだと考えています。

 現在、田力本願は4人がそれぞれ作った米を買い取って「田力米」のブランドで販売したり、酒米を原料にした純米酒の仕込みや、委託製造した甘酒の販売も行っています。

 2019年には、東京で行われたアグリフードEXPOで、パリのセレクトショップのバイヤーにも、パッケージのデザインが目に止まって海外輸出も果たしました。愛媛の米の知名度を上げたいという当初の目的も、実現に向けて着実に前進しています。

 今後は一緒に農業をやっていく仲間を増やすためにも、次世代の教育や研修制度の確立に力を入れていこうと考えています。第一弾として2022年には田んぼのシェアオーナー制度を始めました。

 オーナーになっていただいた方には田植えや収穫体験、BBQなどさまざまなイベントの機会を設ける計画です。参加を通じて、少しでも多くの人が農業の魅力に気づいて欲しいし、宇和を知ってもらうきっかけ作りにもなりますので、今後は農業に観光的な要素を加えていきたい。

 また僕らの仲間は米だけを作っているわけではなく、麦や大豆も生産していますので、企業と組んで加工にも挑戦したいと思っています。現代は米離れが進んでいますが、田んぼは「日本人の原風景」として多くの人の心に受け入れられています。この田んぼを次の世代に継承していくのが、男の仕事だと考えています。


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