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【読書感想文】これはただの夏/燃え殻

そんな夢を見られる年齢ではないことは、よくわかっている。ただ 十代や二十代の頃と考え方や気持ちは、ほとんど変わっていない。自分でも呆れるくらい未だに、ここではない何処かへの逃避を夢見てしまう。年相応に考え方や身の振り方を変えていける人が信じられない。そういう人は羨ましいが、そういう人になりたくはない。
燃え殻. これはただの夏 (Kindle の位置No.1307-1310). 新潮社. Kindle 版. 

〇あらすじ

ある夏の物語。45歳のテレビ制作会社で働く主人公。小さい頃から「普通になる」ことを親から希求されていた僕は、それに反発するように「普通」にはならなかった。

「ちゃんとした大学に行って、潰れない大きな会社に就職するか公務員になって、ちゃんとした家のちゃんとした女の人と結婚して、子どもを作って、健康で幸せに暮らすこと。いま挙げたのはどんな親でも子どもに願うことで、これが普通ってことなの」
燃え殻. これはただの夏 (Kindle の位置No.368-370). 新潮社. Kindle 版. 

テレビ局の下請けの制作会社。この業界に携わって以降、自分の仕事がどの番組でどのように使われるのかもわからないものを制作し続け、やみくもに仕事に追われ、処理する日々。生活は不規則。長時間労働。そんな環境には随分前に慣れたような気もするが、体はそうでもないようだ。かつて呪いのように言われた「普通」というものがこの世に存在しているのであれば、その「普通」とはおそらく違った日々をやり過ごす。

そんな主人公が自分と同じように「普通」になれなかった人たちと作り出す、とある夏の数日の物語。蒸し暑くて、暗くて、雨とお酒とたばこと香水の匂いがしてきそうなそんな物語。

<優香>
友人でもない人の結婚式に仕事の付き合いで参加。新婦友人席にいた、いわゆる「反則さん」こと優香と二次会で距離が近くなる。その日、目が覚めた時には二人は一緒に一夜を過ごしていた。とはいっても、ファミレスで。僕はその日のことをほとんど覚えていない。

<明菜>
雨降りのとある日。マンションのエントランスで一人の小学生と出会う。何がそうさせたのかわからないが、彼女に話しかけた僕は、家にあった折り畳み傘を彼女に傘を貸してあげる。彼女の名前は明菜。

<短い夏の始まり>
数日後、明菜とエントランスで再開した僕は、ひょんなことから、マンション近くのモスバーガーで彼女と食事をすることになる。そこへ、偶然近くを通りかかった優香が合流。明菜と優香は意気投合し、3人の短い夏の物語が始まる。

「普通」にならなかった僕と、「普通」になれなかった優香、家庭環境から「普通」になれない明菜。そして、大関のがんの告白。少年時代の友人のホクト。今と僕の思い出が交差する。

・大関から送られてきたF-1グランプリの画像。
・雨の日のエントランスで見た明菜の母親の醜態。
・明菜を僕に預けた彼女の母親。
・大関の見舞いで明菜と行った病院の屋上。
・雨降りの駆け抜けた五反田の街。
・五反田の優香の城とそこで食べたおにぎり。
・3人で食べたチャーハン。
・3人が集まったプールとその帰り道

ただの夏の一風景。いつかは忘れてしまう経った数日間の記憶。読了後に残るのは、そんな切り取られたこの夏の風景。

それでも、この夏は「普通」にはなれなかった3人が出会い、短い時間を過ごした夏。夏の終わりに、優香は自身の城から脱出し、明菜の姿ももう見ることはなくなった。

幼いころから、集団になじめなかった僕。いろんな理由で組織になじめなかった人達。いや、組織にではなくて、世間が指示する大きな物語に。みんなが信仰する価値観のようなものは昔からどんな世界にも必ずあって、それにあわせることができない人達。

すべては否応なしだ。残る者と去る者の違いは、あってないようなものかもしれない。たまたまそうなっただけで、誰かが去った席は、次に違う誰かが座り、日々はつづく。誰が抜けても、日常はそう変わりはしない。
燃え殻. これはただの夏 (Kindle の位置No.1405-1407). 新潮社. Kindle 版. 

〇感想

このような物語が多くの人に刺さるということは、多くの人に共通した感覚なのだろうと思う。集団に馴染み、そういった大きな物語を作っているように見える人でさえ、少なからずその流れに違和感を持っているのだろう。それに従うことができる人と、抗うことにした人。

僕(ここでいう、僕は小説の主人公を指すのではなく)は、どうだっただろう。たぶん、馴染もうと頑張ってみたけど、馴染めなかったのだろう。抗う勇気もなかった。中途半端。小学生の時はそうでもなかったが、中学くらいになると、形成される大きな波に違和感を抱くようになり、高校、大学になると、なかなか難しかった。大学はそれほど、周りにあわせる必要もなかったので、比較的内に籠れたのでそれは楽だったのだが。

小説の中の僕と同じように、僕は新卒のカードを使って「普通」ではないところに就職した。こういう人に共通するのだろうか。体育会系のベンチャーで、終電なんていう発想がないようなところ。嫌だな、と思いながらも、そんな嫌だな、を抱えながら、「やれやれ」なんて言っている自分をそこまで嫌いにはなれなかった。本気で後悔もしたけれど、どこかで僕はそういった「普通」ではない状態を求めていたのかもしれない。ようやく掴んだ誤魔化しではない「普通」ではない自分。

その日々はそう長くは続かず(僕にとっては充分すぎるくらいに長かったのだが)、3年半程度でその会社を辞め転職し、「普通」のレールに戻った。一度、「普通」じゃない、を選んだ(選べた)僕は、「普通」に戻っても、過去ほどの違和感を持たなかった。その理由は単に年を重ねたというだけなのかもしれない。

物語の終盤、二人の女性は僕の目の前から去っていく。彼女たちは「普通」になろうとしたのかもしれないし、もともと「普通」だったのかもしれない。優香は僕にだけ特別な顔を見せていたようで、実は違っていたのかもしれない。目の前から消えた二人の女性をよそに、僕には変わらない「普通」になれない日々が続いていく。

そんな夏の終わりの物語。

その瞬間、自分が手に入れられなかったものと、手にしたかったものが、目の前を駆け抜けていったような気がした。
燃え殻. これはただの夏 (Kindle の位置No.1584-1585). 新潮社. Kindle 版. 

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