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【やさしさ編】イギリス研究滞在で感じた日本との違い
はじめに
私は、共同研究のためにイギリスに滞在する理系研究者です。
普段は日本の大学で、助教としてはたらいています。
訪問研究者である私に対するイギリスでの対応、
そして海外からの研究者・留学生を採用する際の日本での対応を比較して、
それぞれの国の「やさしさ」の違いを感じました
【イギリスのやさしさ】 "同じ仲間"として等しく接する
私が、イギリスに来て感じたのは「等しく接されているな」ということです
私が助けを求めればもちろん助けてくれます
ただ、私が何も言っていないのに、助けようとしてくれることはそこまで多くありません
(もちろんみんな優しいので察してくれることもあります)
私がどれだけ主張できるか、何が必要であるのかを伝えることが大事です
また、当然ですが、「もっとこうしてほしい。」「こういうルールだからこういうところは気を付けてほしい」ということも他のメンバーと同様に伝えられます
このように等しく接せられることで、
"外国から来た外国人のゲストではなく、この研究室のメンバーの一員だ"
と私も感じるようになりましたし、
他のメンバーもそのように感じてくれていると思いました
【日本のやさしさ】 "外国人"として特別に接する
日本では外国からのゲストをあくまでも、「他所から来た人」として接します
むしろ、そうするべきだという共通認識がある気がします
「あの人は、日本の市役所で住民登録ができないはずだから助けてあげなくちゃ!」
「何もわからないはずなのに、助けてあげないなんてかわいそうだ」
ということで、事前に本人が知らないところで手を回していたりします
例えば、私は、仕事の一環で、英語が母国語の非日本国籍の方の採用手続きを手伝ったことがあります。
その際、彼本人ではなく、日本人の私に彼にしかわからない内容の質問や、手続きの確認の連絡が来ることが多々ありました
これは見方によっては、「やさしい」対応かもしれません
ただ、これは明らかに彼を同じ人として等しく扱っている対応ではないです
外国人として、良くも悪くも特別に対応しています
最近は、翻訳アプリやAIも充実しているので、もしかしたら彼本人でも対応できたかもしれませんし、彼がそれを望んでいた可能性もあります
それにもかかわらず、このような対応を行うことは、
「彼にそれができない」、あるいは「私に聞く方が楽で早い」
と決めつけているということを意味しています
それは本当に、相手にとってやさしい行動ですか?
みんな同じ地球に住む同じ人間です
ただ、"同じ人間"として等しく接しるのも、度が過ぎると、
時には、外国人であることの苦労を全く理解できない冷たい人間になってしまうかもしれません
しかし、"外国人"として気を遣いすぎるのは、「あなたは結局、ずっとよそものです」と暗に示す行動になり得ます
日本人じゃないんだから、そういう意味で外国人をよそ者と捉えるのは当然だろう、と思うかもしれません
しかし、海外では、違うルーツや国籍をもった人たちが「同じ仲間」として共存することが当たり前の場所もたくさんあります
視野を広くもって、みんなにやさしくなりたいなぁと思いました