【とある作品のインスピレーション#1】作曲家のカクシテン
キーを回しエンジンをつける。
ブロロン〜と威勢のいい音を立て、ナビゲーションシステムの女性が礼儀正しく始動を告げる。
時刻は午後1時ごろを指している。
私はサイドブレーキを解除してハンドルを握り、周囲の安全を確認してアクセルを踏む。
「ちなみにどこにいくの?」
助手席から声がかかる。
決めていなかった...!
車は、そうね、多分30cmくらい動いたあたりで停車した。
ガソリンが勿体無いし環境にも悪い。
私は一度エンジンを切ってどこにいくか考えることにした。
晴れた日は大体ミニチュアダックスの愛犬ノエルの散歩ができるところ、雨の日はカフェや博物館、美術館に行くことが多いけれど、今日は清々しく晴れている。
後部座席に控えているノエルからは、もの言えぬ強い視線が送られてきているのを感じる。
「とりあえずどこか見飽きていない公園にいこうか」
私はそう言って上記1行目からの工程を再び辿る。
「で、どこの公園にする??」
・・・・
我々は30cm毎に動いたり止まったりを繰り返したが、議論の結果、ほどほどに遠くてさほど有名ではなさそうな公園に定め、ようやく車を走らせる。
後部座席からはもの言えぬ強い視線から一段階上がり「くーんくーん」と主張の強い声が聞こえてくる。
待っていなさい。今パラダイスに連れて行ってやるからなぁ!
時刻は午後1時20分頃を指している。
目的地の公園には1時間もしないで着くでしょう。多分ね。
私は車を走らせる。強い視線を背中に感じながら。
運転は嫌いじゃないし、カーナビなんていらない派だ(一応車には装備されている)
方角さえわかっていれば何とかなる、という謎の自信があるのだ。天賦の才かもしれぬ。
多分ここを右だな、こっちを左だな。
頭の中の日本地図を右に左に回転させて進んでいく。
風が気持ちよく流れ、道中でたまたま出会したスタバでコーヒーを買ったりして、まさに休日のドライブ。
「あぁー!また遠回りになった!」
助手席からは度々そんな声がする。
疑心暗鬼なのであろう。哀れなり。
どうやらスマホで位置確認をしているようである。
慌てるでない。急がば回れというではないか。
急いては事を仕損じると津川雅彦徳川家康も言っていたぞ。
結局、正しい道順通りにくれば1時間くらいで到着できたらしい?ところを30分以上もオーバーして予定の公園にたどり着いた我々。
車を丁寧に駐車してエンジンを切る。
後部座席には、なんかもうどうにかなってしまいそうな状態の犬。
よしよし、空腹は一番の調味料だ。
待てば待つほど、手に入れた時の喜びは大きいぞ〜〜。
待て〜、待て〜
私は彼の首輪にリードをつけて車から降ろし、駐車場を抜けるまで、この荒ぶる猛犬を制しながらゆっくり進む。
よし!
合図と同時に、まるで出走した競走馬のように草原を駆け出していく。
晴天、爽やかに流れる午後の風、右手にはスタバのコーヒー、草原を駆け抜ける犬。
完璧だ。
そう思った刹那。
今まさに草原を駆け出したばかりの競走馬もといノエルが走るのを止め、何やらモジモジしたかと思えば右足を庇いながらトボトボ。
見れば右足の肉球が少し切れて血が滲んでいるではないか。
たった数メートル駆け出しただけなのに・・・
私はミニチュアダックスの基準を超えて大きく成長したノエルを抱き抱えながら、今日の出掛けの時のことを思い出していた。
公園の時計は午後3時過ぎを指していた。