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【とある作品のインスピレーション#2】作曲家のカクシテン
少し昔の話を。
今から20年ほど前に私は進学のために上京した。
図太いという言葉からは程遠いような繊細な若者だったように思う。
上京してすぐに感じたことは「水が合わない・・・」ということ。
元々お腹が強い方ではなかったけれど、ここまで壊すことはなかったというくらいに毎日トイレに駆け込んでいた。
それは友人に「人類最弱どころか植物以下」という痛烈な烙印を押されるほど当時お腹が弱かった。
今思えばこの頃に過敏性大腸炎になったんだろうと思うので、もうかれこれ20年の付き合いになる。
地方都市で生まれ育ち、夢に描いた都会生活、作曲の音大生としての生活が始まったのだが、
新しい環境、新しい付き合い、優秀な同期、目に見えない競争、将来不安、そして東京の水問題などでいっぱいになってしまっていた。
気がついた頃には、私は片耳に異常が出て緊急入院となってしまった。
期の締め毎に単位取得のための作品を提出するのだが、幸いに私の通っていた音楽大学の作曲コースは、一年時の作品提出が免除されていたので助かった。
それでもみんな大抵作品提出するので、私だけ新作室内楽コンサートの作品を出品できなかったという苦い記憶がある。
3週間前後入院の末、幸いにして耳は回復して退院した。
思い描いていた都会での大学生活とは程遠い現実を前にしたが、そこからガムシャラに文字通り昼夜問わずで作曲、音楽の勉強に明け暮れた。
作品紹介
心象風景 - Fallen Leaves -
この曲はそんな悲嘆に暮れていた18歳だか19歳の秋のちょうど今頃の時季、入院期間中に持ち込んだ五線紙でポロポロと書いたもので曲名を「落ち葉」からFallen Leavesとつけたのだ。
(なんともセンチメンタルな若者である。しっかりせい。)
その当時、今はなくなってしまった某大手メジャーレーベルが開催していた第一回音大生オーディションのポスターが大学に貼られていた。
大学に作品提出できなかった私は、その時書いたこの曲のデモテープ(当時は展開部も含めた管弦楽編成のもの)を提出したところ担当プロデューサーの目に留まりご連絡を頂いたのが縁で商業音楽への道に足を踏み入れることになった。
自分にとって色々な出来事や感情が詰まった曲だ。