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怒りは本当にいらない感情なのか
こんにちは、北町ひだりです。
Twitterで少し話題となっているこの記事を読み、思うところがあったので書こうと思う。
この筆者が間違っているとは思わないし、言ってることは正しい。これを実践できている人もいるだろうと思う。
ただ、怒りっぽい人というのがどこを指して言ってるのかいまいちこの記事ではわからないし、この記事を読んでよく怒ってしまうそんな自分は悪い人間なのだろうか?と余計な傷を負ってほしくないので勝手に私なりに書かせてほしい。
そんな繊細で優しいあなたにお届けします。
怒りの問題はどこにぶつけるかだけ
私の知り合いの話をしよう。
ひょんなことから知り合う仲のいい音楽がいる。LIVEで福岡に来るたびに飲みに行っていたが、飲み会の帰り道に彼がぽろっと話してくれた。彼は学生時代いじめられていたというのだ。その怒りや悔しさを全力で音楽に注ぎアメリカにまで音楽の勉強をしに行き、今やアーティスト活動だけではなく、映画の音楽製作などにも携わっているのだ。大活躍ではないか。
ピカソの書いた有名な絵画ゲルニカだってそう。スペインで起こった市民を巻き込んだ殺戮を知り、ピカソが悲しみと怒りで描いた作品と言われている。そして、その絵はピカソの代表作にまでなった。
この筆者も書かれているが負のエネルギーは絶大だからこそ活かし方によっては最高の武器になるのではないだろうか。
しかし、そこまでの打ち込めることもないという人もいると思う。なので、もっと日常的に試せるものをご紹介したい。
私は、少し前までそれこそこの筆者が書いてるように「怒り」という感情に支配されないように大抵のことはスルーを決め込んでいた。
それは同じ土俵に立ったら負けだと思っていたからだ。
我慢すればそのうち忘れると思っていたし、大丈夫だと思っていた。そして、それは怖いほどに30年近く思い込んでいた。
しかし、タルベン・シャハーのハーバードの人生を変える授業を読み、簡単に書くと自分の負の感情だけを紙に書き出すという簡単な心理実験を実際に試したことで考えが覆された。
実際にやった記録に興味のある方はこちらをどうぞ。
実際にやってみて思ったことは自分が思っている以上に実は傷つき心に深くストレスを与えていたということだ。私は怒りをスルーすることで自分を守ったつもりになっていた。でも、実際はその反対で自分の心の傷に見て見ぬフリをし続けただけだった。しかも、それを30年近くも私はやっていたのだ。なんと恐ろしいことか!水で洗い流すことも絆創膏を貼ってあげることもせず、ただただ傷だらけの心が剥き出しになっていた。
この章の最後に書かれているマルセル・プルーストの「傷ついたことを完全に表現してはじめて、私たちは癒される」という名言を読んで心底そうだと思った。
実際にこの時、書いた内容のことを思い出して私は何か嫌な感情を持つことは本当になくなった。それからというもの嫌なことがあれば、適当な紙に頭に思い浮かんだまま書き殴り破り捨てるようにしている。
怒りたくて怒りたいわけじゃない
怒るのって何も好き好んでみんな怒ってるわけじゃなくないですか?だいたいは傷ついたり危険を感じたり、理不尽なことが起こったときに抱く感情であってそれをスルー出来ることを少なくとも私は心の強さとは呼ばない。
確かに沸点の低さや怒りのぶつけ方が問題はあると思う。でも、怒るという感情自体は何も悪いことじゃない。
だから、この記事を読んで少しでもあなたの不安が少しでも解消していただけたら私はとても嬉しい。