【400字小説】斬りっぷり
厨房の奥で延々と野菜を切り続けるあの人の横顔をカウンターから見つめている。菩薩のような柔和さを携えた表情。永遠に切りまくるので悟りの境地。食堂に客がひっきりなしにやって来ては、ヒレカツ定食を頼んで食べて去って行く。
わたしは2時間前からそこにいて、ビール、日本酒をちゃんぽん。つまみは自家製の惣菜を。ポテサラ、しじみ汁、カニカマなどを少々。取材される前も忙しかった店で、露出後は大団円を迎える花火の打ち上げみたいに盛り上がっている。
こんな状況になっても長居させてもらっている常連。その代わり、酒の提供はセルフサービス。あの人は明日の仕込みのために野菜をぶった切っている。残酷なほどに夢中で切りまくる。わたしのことなど視界に入らない。
店先にアルバイト募集のチラシ。応募しようか躊躇するわたし。彼女なら恋心をみじん切りにするのもお手のもの。包丁で刺されても痛くない。でも恋の気持ちが胸を苦しく締め付ける。
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