特別な一夜に“ちいさな謎”を追いかける本 #立夏「夜のピクニック」
こんにちは。広報室の下滝です。
季節が移り変わるのは本当にあっという間で、ついこの前までまだ桜の花びらが道路や川面に少し残っていたのに、今そこで目に映るのは、美しく風にそよぐ新緑たち。
二十四節気という暦の上では「立夏」を迎え、暦の上ではいよいよ夏がはじまりました。
夏といえば、お祭りやバーベキューなど野外でのイベントが楽しい季節。
着込んでいた衣が薄くなり身軽になって出かけると、心まで軽く自由になった気がして良いものです。
学校に通っていた頃は制服の衣替えなどで季節の変化により敏感になれた気がしますが、衣替えまではあと一ヶ月ほどでしょうか。
学生時代に思いを馳せると、ゴールデンウィーク明けの今の時期には、クラス替え直後のぎこちない空気から少しずつ新生活に慣れ、体育祭や文化祭の準備で慌ただしくなってきたことを思い出します。
放課後遅くまで残って準備したり、合宿があったり。
思春期の悩みに揺れながら、暑い空気の中で友人と色々な気持ちをわかち合ったあの頃。
今回ご紹介するのは、そんな学生時代の“とあるイベント”にスポットを当てて描かれた青春小説「夜のピクニック」です。
主人公の揺れる気持ちと密かな賭け
主人公は高校三年生の女の子「貴子」。
シングルマザーの母に育てられ、周囲には隠しているけれど、異母兄妹の男の子「融(とおる)」が同じクラスにいるという特異な設定で話ははじまります。
彼女が通う高校で毎年行われている行事に、生徒たちが一晩かけて80キロの道のりを歩く「歩行祭」というものがあり、物語はその「歩行祭」をメインに展開されていきます。
異母兄妹の彼と親しくしようとも避けられ続けている貴子と、同じ父親をもつことで主人公を恨み、憎く思いながらも、つい意識してしまう融。
二人のぎこちない独特な雰囲気に、事情を知らず振り回される友人たち。
皮肉なことに、実は二人は付き合っているという噂も巻き込みながら、学生たちの軽快な会話を追いかけて流れるように物語は進みます。
そして、何かが起こりそうな予感に満ちた学校生活最後の「歩行祭」が幕を開け、貴子はひとつの「賭け」を胸に抱いてその場に臨みます。
仕掛けられた「おまじない」とは?
“ちいさな謎”の積み重ねを楽しんで
作者の恩田陸さんはホラー、SF、ミステリなど様々な作品を描かれていますが、どんな物語の中にも“ちいさな謎”を巧みに仕掛けて読者を魅了し、続きが気になってしまう書き手の一人です。
学園を舞台にした作品も多く、個性豊かで魅力的な人物たちが登場します。
主人公自身にも謎めいた部分が隠されていて、え、こんな子だったの?と驚かされたり、嫌なキャラクターだと思っていたら案外良い人だったり。
物語が俯瞰ではなく、登場人物たちの目線で臨場感たっぷりに描かれるので、その会話や状況に知らず知らずのうちに惹きこまれ、主人公の不安や疑問、抱えた謎に一緒に悩みながら読み進めていくことができるのが恩田陸さんの作品最大の魅力です。
「夜のピクニック」の中にも、そうした“ちいさな謎”がいくつか仕掛けられています。
それは貴子の感じた些細な疑問から、冷や汗が流れるような大きなどうして!?だったり。外国に転校した友人からのハガキに書かれた謎のメッセージ、暗号のような「おまじない」の意味することなど。
「歩行祭」で歩きながら次々に繋がっていく謎と人の関係は、主人公の思考にそって途切れることなく描かれていき、次々にページをめくってしまいます。
長い一夜に渦巻く、恋や友情、嫉妬に誤解。仲間たちと様々な話をしながら歩き続けて、一緒に過ごす特別な空間。特別な時間。
「この行事、何のためにあるんだろうね」と言いながら三年間を過ごし、高校最後を迎えてはじめて、今まで過ごしてきた特別な時を理解できるような気がしたり。
「歩行祭」は作者自身の高校時代の実体験で、茨城県立水戸第一高等学校の伝統行事である「歩く会」をモデルにしているそうです。
準備をするだけでもすごく大変なのに、どうして毎年やるんだろう。
歩き続けて、極限状態を共有した先にあるものはなんだろうという当時作者が抱いた疑問を含めて、その空間をとじ込めて描かれた、青春の息づかいが身近に感じられるような物語。
青春という言葉を懐かしく思い出す人も、そんなものなかったと思う方も。
学生時代をもう一度体験できるような、特別な一夜を描いた本書に触れて、散りばめられた謎たちを一緒に解き明かしにいきませんか?
−今回のここに注目!−
「みんなで、夜歩く。ただそれだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう。」
若者たちの瑞々しい感性が物語の中に息づいていて、まるで自分の身に起こっているかのように感じさせてくれます。
いつもの日常の中に織り込まれた、非日常のまとう特別な気持ちを体験させてくれる本の中の「歩行祭」に、疲れた日常を少し離れて一緒に参加してみてはいかがでしょうか。
著者: 恩田 陸
出版社:新潮社
定価:本体710円(税別)
文庫本:455ページ
ISBN:9784101234175
サイズ:152×385mm
130×32mm(しおり)
枚数:各1枚
素材:紙