
【前編】 自分で考えながら生きていく時代
「世の中に存在するものは何らかの関係でつながっている。そのつながりを考えるのが、図解という思考法です」——そう語るのは、図解コミュニケーションを啓蒙して40年、“図解王”の異名もある多摩大学名誉教授・久恒啓一氏。では、図解で考えるとはどういうことなのでしょうか。図を使って「読む・考える・書く」技術から問題解決などに活かすコツまで網羅した新刊『仕事ができる人になる 図解の技術大全』から抜粋して紹介します。
●どうすれば「考える力」が身につくのか
先生に「どうしたら自分で考えることができるのですか」と聞いたら、「そういうことは自分で考えなさい」と言われたという笑い話があります。
振り返ってみれば、小学校から大学までの学校生活で、「考える」ということの意味や楽しさを教えていただいた先生には、ほとんど出会わなかったような気がします。ある出来上がった知識は教えてもらいましたが、そうした知識を生み出すための考える方法については、とうとう身につきませんでした。
社会に出てみると、学校で習った知識そのものは現実の問題にはほとんど使えません。社会はさまざまな問題に満ちています。求められているのは、それらの問題の具体的な解決策なのです。しかし、そのような状況に直面して初めて、問題解決のための武器を手にしていないことを知って愕然とします。
いいといわれる本を読みまくっても考える力がついたとは思えないし、有名な人の講演をいくら聞いても考える力がついた気はしませんでした。外国旅行に頻繁に出かけても、見聞を通して得た自分の考えに自信がつくわけでもなかったのです。
一体、どのようにして考える力をつけたらいいのだろうか。これが、私の長い間の疑問でした。
●「図で考える人」は仕事ができる
勤めていた企業でいろいろな仕事に悪戦苦闘するなかから、どうやら「図」がひとつの答えではないかと思い当たって、「図解コミュニケーション」という造語を使い、1990年に『コミュニケーションのための図解の技術』(日本実業出版社)という初めての本(単著)を著しました。その後何冊かの図解に関する著作を発表しましたが、どちらかというと、図解をどう描くかという技術的な面に焦点を当てたものが多かったのです。
その後、図解コミュニケーションの最も本質的な部分は「考える」ことにあるのだとあらためて思い至り、2002年に『図で考える人は仕事ができる』という本を日本経済新聞社から出しました。
目の前の文章やデータ、資料などを図にしようと取り組んでいると、バラバラの知識の断片が立ち上がってきて立体的に関係づけられていきます。そして、1つの体系に昇華していく過程を経験します。そして他の人にもわかるように表現できたとき、知識が本当に自分の身についたと実感できます。
この段階になると、不思議なことに自分自身の考えというものが出来上がっていることに驚かれることでしょう。また、そこに至る過程は素晴らしい充実した時間だったと感じることができるはずです。図で考える習慣をつけると、思考の回路が自然にできてくるという不思議さがあるのです。
私自身、さまざまな仕事や幅広いテーマにおいて、図解という武器で挑戦するという体験を重ねて今日に至っています。冒頭に述べたような考える力に不安があるという人や、自分の考えに自信が持てないという人に、ぜひこの思考法を伝えたいと思います。
●自分で考えながら生きていく時代
コミュニケーションの3つの側面である「理解、企画、伝達」の中核的な部分である「企画」は、実は「考える」ことと同義です。「考える」ことのなかには、企画、創造、構想といった内容がすべて含まれています。
「地図」という言葉には、地の上に図が浮かび上がってくるという意味があります。私たちは、現実(地)そのものを見てもよくわかりません。整理された図を見せてもらわなければ理解することができないのです。そのために、手がかりとしての情報の地図が必要なのです。
江戸時代に鳥瞰図絵師という職業がありました。町をまるで鳥となって上空から眺めるように描くことができる絵描きさんのことです。この図絵(下図)は地域全体をよく見渡して描いたものなので、当時はとても人気がありました。

鳥瞰図を描くということは、「鳥の目」を持つということです。情報があふれ錯綜している現在、物理空間を描く地図だけでなく、情報の鳥瞰図絵師となって大事な仕事に取り組んでいきたいものです。
自分で深く考えなくても、経済が成長し、会社が発展し、生活が豊かになっていった時代はもう終わりました。自分で考えることが、生きていくうえでの必要条件になったのです。
私たちはさまざまな「関係」のなかで生きています。いろいろな分野の友人、濃淡のある付き合い、家族、日々増え続ける知人……。太い関係、薄い関係、近い関係、遠い関係、斜めの関係、恩人の関係……。そうしたさまざまな関係の糸のなかに私たちは浮かんでいる感じがします。
それらの1つひとつの関係の意味を意識する、それが自分を考えるということではないでしょうか。
そして「仕事ができる」というのは、具体的な事実の断片間の「関係」を自分の頭で考え、新たな関係を作り出していくということです。図解を活用することによって、仕事師への道は誰にも開かれているのです。(つづく)
◆著者プロフィール:久恒啓一(ひさつねけいいち)
多摩大学名誉教授。宮城大学名誉教授。NPO法人知的生産の技術研究会理事長。
1950年大分県中津市生まれ。九州大学法学部卒。1973年日本航空入社。英国勤務や客室の労務担当を経て、広報課長、経営企画担当次長を歴任。1997年早期退職し、新設の県立宮城大学事業構想学部教授に就任。学生部長、大学院研究科長。2008年多摩大学教授。経営情報学部長を経て副学長。ビジネスマン時代の1990年に『図解の技術』(日本実業出版社)を刊行。2002年の『図で考える人は仕事ができる』(日本経済新聞社)など著作は100冊を超える。2020年より『図解コミュニケーション全集』全10巻を刊行中。近年は、1000館を越える「人物記念館の旅」をベースにした『遅咲き人伝』(PHP研究所)など「人物論」にも力を入れている。
いいなと思ったら応援しよう!
