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扉のむこうがわ【777文字小説】

 つかつかと早足で歩く私の後を、彼が慌てて付いてきている。
「待ってくれよ!」
 必死の形相なのは顔を見なくても分かる。そりゃそうよね、私、婚約破棄を申し出たんだから。

 事の発端は三日前。あなたは私に内緒で女と会ってた。
 それを見た私の気持ちがわかる?
 結婚しよう、ってプロポーズされて、お互いの両親に挨拶も済ませて、結婚式の話をして、幸せの絶頂な私の心を裏切ったのはあなた。
「もう、付いてこないでよ!」
 今更何言われたって無駄なの!

 背を向けて足早に歩く彼女を追う。
 急に婚約破棄をしたいだなんて、一体どういうことなんだ?
「拓海の言うことなんか信じない!」
 とにかく彼女は怒っている。
 三日前のことがバレたのか?
 まさか。

 俺はいつだって加奈子のことだけを考えてきた。
 甘いプロポーズも、これから始まる新婚生活も、すべて順調にいくはずだったんだ。
「話を聞いてくれよ!」
 こんなところですべてをふいになんかしたくない!

 加奈子がマンションに入って行く。閉まりかけのエレベーターに乗り込んだ加奈子がボタンを押す。が、寸でのところで拓海が滑り込んだ。二人とも、若干息が荒い。

「いい加減にしてよ」
「まずは話を聞いてくれって!」
「適当なこと言って誤魔化そうっていうわけ?」
「違うよ! そうじゃなくって、」
 チン、とエレベーターが停まる。

『ゴカイデス』

「ほら、こいつもそう言ってる!」
「は? バッカじゃない?」

 エレベーターを降り、加奈子は鍵を取り出すと、扉に鍵を差し込む。

「あなたは私に隠れて女に会ってた。それが真実よ」
 言い放ち背を向ける加奈子を、拓海が後ろから抱き締める。
 抵抗する加奈子を抱き締めたまま、拓海が言った。

「妻に別れ話をしに行ってたんだ」
「まさか奥さんがいたなんて…、」
「だから《俺を刺した》んだよな。そして《お前》も…」
「後悔はないわ」

 


 その部屋からは男の刺殺体と、首を吊った女の死体が発見された。

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