
雛喰う神も好き好き
川に人形を流す「流し雛」というものがある。
「雛流し」とも言われるそれは、厄払いのためのものだ。自らの持つ病気や穢れを人形に移し、川へと放つ。
では、放たれた雛はどこへ行くのか?
込められた病気や穢れは、一体どうなるのか――?
「うわ、また来た。これ、めっちゃ強い穢れ入ってんだけど! ウケる~!」
蛇行する川の下流、本川(ほんせん)から分岐した派川(はせん)には何故か上流で流された流し雛が集まる場所がある。そしてその雛たちが流れ着く派川の滞留地点から陸に上がったすぐ近くに、誰も近寄らなくなった小さな神社があった。
「あ、こっちは病気っぽいね。だいぶ病んでるんじゃない、これ~?」
流れ着いた雛を集めては、そこに込められた「負」を確認する一人の少女。
「まったく、こうやって自分たちは穢れを落として『無病息災だ!』とか喜んでるんだろうけどさぁ、捨てられた穢れがどうなるかってのを考えたことがあるのかな? ないんだろうなぁ~。人間って、つくづく自分勝手だよねぇ」
ぷぅ、と頬を膨らませ腕を組み、誰にともなく怒りをぶつける。
「ま、いっか。主様は喜んでくれそうだし」
パッと表情を変えると、川縁に集まっている雛たちを一つずつ丁寧に拾い上げ、持ってきた籠へと入れていく。雛流しは季節限定のものであるため、この作業も年に数日。強い「負」があればあるほど有難いというものだ。少女は籠を持ち、朽ちそうな鳥居を潜って奥へと進んで行った。
「主様、持ってきました!」
少女が声を掛けると、姿を現したのは長い黒髪の青年。蛇のような金の目、黒と銀であしらわれた衣装を身に纏い、少女を見下ろす。
「腹が減ったぞ」
威厳からはだいぶ遠い物言いで、手を伸ばす。少女はその手に、持ってきた籠を差し出す。
「いい感じの穢れだ」
青年は恍惚な表情を浮かべると、籠の中の雛を一つ、また一つと口の中に運んでいく。
神の名は、金毘羅大権現。穢れを喰らう、神である。
穢れは年々複雑になり、味も濃くなってきた。淡白な昔の穢れより、栄養価も高そうだ。
「人の苦しみは旨い。これからも苦しんで、来年もいい雛を流してほしいものだ」
満足そうにお腹をさすり、呟いた。
「不幸と共にあれ」
世の理である――。