自分もお蔵入りしたら意外と快適だった
まだ蔵を知らない男
初めまして、庭氏です。
普段は自分のブログでいわゆる「やってみた系」の記事を書いている私。
思いつきを残そうと文章を書いているが、こういう遊びをしていると、ある問題が発生する。
それは「思いつくネタに対して記事を書くスピードが遅すぎる」ということだ。
「やってみた系」のネタは生活の節々で発見することできるが、1つの記事を書くのに最短でも2〜3週間、ひどい時は2ヶ月以上要してしまう私はどうにもネタを溜めがちになってしまう。
それを繰り返していると、古いネタはどんどん興味が薄れ、「あ〜こんなのやろうとしていたな〜」という思い出になり、そのまま完全に忘れてしまう。
そう、"お蔵入り"が発生するのだ。
私のやりたいことメモにも、おそらく書かれることはないであろうお蔵入りしたネタがたくさん眠っている。
私は自分が作るものに並々ならぬ愛着があるので、思いついたネタが実現されないことに対し、申し訳なさがある。
しかし書くのは大変だし面倒くさい。
この両端の感情に挟まれ、大量のネタが収容されている蔵を静観する気持ちで日々過ごしているが、最近あることに気がついた。
そういえば、蔵がどんなものかよく知らない。
何となくアニメや映画の印象で、蔵とは”暗くてジメジメした狭くて苦しい物置的な場所”という印象があるが、平成生まれマンション育ちの私は、実際に蔵をみたことがない。
愛すべきネタ達をお蔵入りさせている本人が、蔵を知らなくてどうする!
自身のあまりの無責任さに憤りを感じたので、実際に私も蔵に入って一晩を過ごし、お蔵入りしているネタと同じ気持ちになってみることにした。
自分も蔵に入る
そんなわけで埼玉県は川越市までやってきた。
古い街並みが残るこの川越に、泊まれる蔵があるらしい。
その名も蔵の宿 桝屋(ますや)。
表札にも景観重要建造物と書いてあるこの蔵、なんと明治26年に建てられたもの。約130年前の建物である!
外観だけなら格式ある民家に見え、あまり蔵っぽさは感じない。
フロントやロビーにあたるものはないので、入口横のインターホンを押してみる。
全く別の家だったらどうしようかと思ったが、女将さんが出てきてくれたので助かった。
早速中を案内してもらう。
玄関を開けるとマスク越しでもわかるほど、木の良い香りに包まれ、目の前にコンパクトな居間スペースが現れた。
明るい部屋にフローリング、早くも蔵の固定概念が崩れつつある。
部屋の奥には2階の寝室スペースに続く階段がある。
そう、何とこの蔵2階建てなのだ!
2階の様子はこんな感じ。家具が低い位置にあるので、蔵内も広く感じる。
こちらは畳に敷き布団と、かなり旅館っぽいテイストだ。
何の気なしに天井を見上げると、剥き出しの梁がいくつも走っていて、その中で一際目立つところに蔵が建てられた年が書かれている。
「ああ、ほんとに重要な建物なのだ・・・」と明治時代に建てられた場所で一泊することに緊張が走った瞬間である。
現代の蔵は快適そのものだった
蔵に入って1時間。
ここにくる途中で購入した弁当を食べていた時、ついに気づいた。
蔵、異常に落ち着く・・・!
すっかり自室のような安心感だった。
快適な温度、明るさ、木の温もり、そして目の届く範囲にすベてがあることで、まるで我が家と勘違いするほど、この空間を掌握できているような気持ちになる。
それだけなら木造の狭い部屋でも同様のことが言えるかもしれない。
だが蔵ならではのポイントは、この漆喰で塗られた壁にある。
漆喰を使っている土壁は”呼吸する壁”と呼ばれるらしい。
その高い吸収性は調湿力を持ち、建材として利用すると部屋の湿度や温度を調節してくれる。
物が長く置かれる蔵だからこそ、その能力は必要とされこの蔵でも漆喰が使われていた。
これにより部屋の快適さが実現されているのだ。
さらにこの漆喰の壁、同時に高い気密性も持ち、部屋の音が適度に反響する。
この日はあいにくの雨だったのだが、雨音が部屋に漏れ聞こえ、それがまた壁に反響して心地よく耳に届く。
その結果、何もせずとも自然とASMRのような立体音響が蔵の中で作られるので、異常なほど癒やされるのだ!
快適な癒しの空間に適度な防音性能、それらが合わさるとどうなるのか。
人間は爆裂に眠くなるのである。
気づいたら翌朝だった。
・・・本当は蔵に泊まりながら、この記事を書こうと思っていたのだが、この日20時にチェックインをして、22時半には就寝してしまった。
(そのためこの文章は帰宅後自室で書き上げています)
少なくとも旅行者のタイムスケジュールではない。
歴史ある蔵に泊まるという緊張から一転してめちゃくちゃリラックスした結果、まさかの寝落ちをかました。
「え?でも蔵(物置き)でそんなに熟睡できるわけなくない?」
そう思われる読者もいるだろう。
だが、ここは蔵であってすでに蔵ではないのだ。
まず1階にも2階にもエアコンが完備、さらにwi-fiもある。
蔵なのに綺麗な水回りもある。
そして先に述べた漆喰によるリラックス音響もある。
そう、現代の蔵はもう普通に快適な空間なのだ!
でもちょっとだけ怖い!
強いてデメリットを挙げるとすれば、1人だと夜は少し怖いことだろうか。
寝る前に電気を消して、ただ雨の音が部屋に響く室内。
天井を見上げると、闇の中うっすらとあの重厚な梁が見える。
雰囲気は完全に和風ホラー映画のそれだ。
寝室が2階にあったため、なにか怖いものが1階から上がってくる気がしてならない。
シャンプーをしているときに停電になったような不安がある。
さらに蔵の構造に対する知識もないので、中にある不思議なものが不気味さを感じさせる要因だった。
1階の目立つところにある扉らしき何かや、
2階の隅にある謎の一角など、
疑問ばかり浮かんでは解消しないため、悪い想像ばかりして冷や汗をかく。
階段の途中に置かれていた招き猫の右腕が異常に発達していることも、何か霊的なパワーが宿っているのではないかと疑ってしまうくらいだった。
とはいえ誰かといれば、非現実的な空間ごと楽しめると思う。
ホラーが苦手な人は、誰かと蔵に来よう。
実はここは米蔵だった
翌朝を迎えいよいよチェックアウトの時間となる。快適な蔵を後にするのは心苦しいが、せっかくなので女将さんに少しお話を聞いてみた。
私:一晩お世話になりました。雨音も相まってものすごくよく眠れました!
女将さん:ありがとうございます、よくお休みになられたようでよかったです。
私:天井の梁に明治二拾六年とありましたが、ここは元々何に使われていた蔵なのでしょうか?
女将さん:以前は米俵を収納する蔵として使われていたんです。
ただ関東大震災で表(玄関側)が落ちてしまって、その時に銀座で流行っていた看板建築の技術を使って、表だけ今の形に作り直しました。
私:へー!米蔵だったとは・・・!では昔は違うところに入口があったのですか?
女将さん:今の玄関から見て左側に扉があります。今でも入れますよ。
私:え!あの扉動くんですか!
女将さん:はい、もちろん。ご案内しますか?
私:見たいです!
私:おー、あの扉の裏側はこうなっていたのですか・・・ここは明らかに歴史を感じますね・・・!
女将さん:元々はこちら側(扉を通った先)でお米を売っていたんです。その時に蔵で滑車を使っていたのですがその名残もまだありますよ。
私:あ!2階の隅にあった台みたいなものがそれですか?
女将さん:そうです!あの部分に元々滑車がありましたね。
私:不思議に思っていたのでスッキリしました。滑車の名残だったのか〜。
その後も、川越市政100周年記念に贈られた提灯や、蔵が現役の時に使われていたガス燈を見せていただりと、1泊というわずかな時間で100年単位の歴史を感じることができた。
最後に蔵の裏手も見せてもらったが、看板建築で綺麗な玄関側とは異なり、裏手はしっかりと蔵の見た目を残していて少し面白かった。
現代の蔵は快適である
お蔵入りも案外悪くない、というのが今回実際に蔵に泊まってみて抱いた感想である。
快適な温度と湿度に静寂な空間。
あそこに居続ければ、悟りに目覚めるほどの集中と、同時に深くリラックスができそうだった。
確かにエアコンや照明といった設備に頼っているところも否めないが、現代の蔵の様式があの形であれば、今後「お蔵入り」という言葉が指す「蔵」もそうなっていくかもしれない。
かつて思いついて、そのままお蔵入りしているあのネタたちも、今日の私のように快適に過ごしている可能性がある。
そう思うと、日の目を浴びさせてやれないことに対する申し訳なさが薄れてきた。
きっと彼らも快適な空間で己の真価を熟成させているに違いない。
でも1人で居続けるのは怖いこともわかったので、引き続きお蔵入りを増やして寂しくならないようにしてやらねば。
最後に、あまりに落ち着きすぎて、蔵を楽しんでいる写真を撮り忘れたので、合成で作った蔵を楽しんでいる私を載せておこうと思う。
現代の蔵ってさいこ〜〜〜〜!