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地の文がない小説 『閉じた本』

 どうもこぞるです。
 本日オススメするのは、ギルバート・アデア作『閉じた本』です。
 あまり馴染みのない作者様とタイトルなのではないでしょうか。
 私も知りませんでしたが、ヲススメラヂオで、絵本作家でイラストレーターの今泉和希さんにオススメしてもらいました。ラジオはこちら↓

ー作品内容ー
 事故で眼球を失った大作家ポールは、世間と隔絶した生活を送っていた。ある日彼は自伝執筆のため、口述筆記の助手として青年ジョンを雇い入れる。執筆は順調に進むが、ささいなきっかけからポールは恐怖を覚え始める。ジョンの言葉を通して知る世界の姿は、果たして真実なのか? 何かがおかしい……。彼の正体は? そしてやって来る驚愕の結末。ただの会話が、なぜこれほど怖いのか。会話と独白のみで綴られた、緊迫の異色ミステリ。
(東京創元社HPより引用)

残念ながら、リンゴとジョージはいません。

二人の会話

 キャッチーかな?と思ってタイトルにもつけてみましたが、物語全編を通して地の文がありません。ほぼ全てが二人のセリフ。たまに(4回ぐらい)ポールのモノローグが挟まったり、家政婦さんとかのセリフが挟まります。
 さて、このポールさんですが、作品内容にもある通りの大作家です。ブッカー賞をとり、サーの称号ももらい、ノーベル文学賞にもノミネートされるというほどの大作家です。そして、その作家としての偉大さに比例した偏屈さも持ち合わせています。その性格は、事故によって目玉がなくなり、見た目が本人曰く醜悪になってしまったことで、さらにねじ曲がっています。
 そんな折、新聞広告を見て口述筆記としてやってきた青年ジョンとの共同生活が始まります。彼は仕事として口述筆記をするだけでなく、小説の資料集めや、料理、夜の散歩の手引き役までを買って出ます。

 地の文が一切ない物語ではあるのですが、読み進めていくほどに、家の構造から、彼らの性格、心情までもが見事なまでに掴めていきます。しかも、決して説明的なセリフだらけにならずに。

 思えば、ポールもそうです。目が一切見えないのですから、相手の表情はもちろん、家の内装ですら、記憶と誰かが教えてくれた言葉を紡ぎ合わせることでしか把握できません。つまり、ポールにとって、その言葉を与えてくれるジョンこそが目なのです。

 しかし、人間の目は二つで物事を立体的に捉えますが、ジョンは一人です。

ミステリーの大原則

 ほぼ全てのシーンが、ポールを中心に描かれているので、我々が知っている情報というのは、全て、ポールが知っている情報ということになります。
 ミステリー好きな方であれば、この状況って、面白く感じませんか。好きじゃない方でも、遅れてやってきた名探偵がやたら全部の状況に詳しかったり、聞き込みのときに、ほんのちょっとした一言まで一字一句詳細に教えてくれる容疑者たちに違和感を覚えたことがあるんじゃないでしょうか。
 そこを、正当な理由で、ポールと並走する形で全ての情報が明らかになってくるというのは、サスペンス的なドキドキとともに、謎解明へのワクワクも申し分なく手に入っちゃうということでもあります。

嘘と外国人

 ただし、ここでひとつポイントがあって、セリフしか出てこないということは、登場人物が勘違いしたり、間違っていたり、例え善意からでも嘘をついていたりするだけで、読者全員もあっさりと違う方向に足を踏み外してしまいます。
 作中にも、そういった場面がやはりあるのですが、その踏み外し場所というのが、おそらく英国人であれば誰も踏み外さないようなところにあったりします。しかし、日本人である私は(知識不足もあいまって)あっさりと道を逸れて行きました。
 それをどう思うかは人それぞれだと思いますが、私の頭の中に最初に浮かんだ言葉は「ラッキー」でした。おそらく、こんな楽しみ方は、母国イギリスに住んでいる方にはできません。そこをしっかり踏み外したことで、よりポールらしく物語に入り込み、ドキドキ感を味わうことができたのですから。
 外国文学を読んでいて、「この文化を知っていれば、もっと面白いはずなのに!」と悔しくなることは多々あれど、知らなくて良かったと思える経験は初めてだったので、長らく記憶に残る作品になるだろうと思います。

さいごに

 タイトルがいいですよね。作中でポールが書いている作品のタイトルでもあるのですが、彼も「このタイトルはいい!」とはしゃいでいました。気持ちはわかります。本屋で『閉じた本』なんてタイトルを見つけたら気になりますよね。

 そんな作品と運命的に出会い、そして、今回ご紹介してくださった今泉和希さん、本当にありがとうございました。

 残念ながら、新刊を見つけることは難しそうですが、さすがさすがのネット時代。探せば簡単に見つかりますので、興味を持たれた方がいましたら、ぜひお手にとってみてください。テンポの良いセリフのみのやりとりですので、最後までさらっと読めます。

それでは。


その他読書紹介文はこちらから→索引







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