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《普通のいい子》になりたかった人が読んだ村田沙耶香『殺人出産』

「みんなすごいなあ。私、憧れちゃいます」
 チカちゃんの無邪気な様子に、私は苦笑した。
「まあ、憧れる気持ちはわからないでもないけど、実際になるのは難しいよね」
「そうですけど……ね、育子さんは今、殺したい人っていないんですか?」
 私はコンパクトをあけてファンデーションを塗りながら肩をすくめた。
「うーん。そうだなあ。ちょっとだけ気になってる人は、いるかな。でも一生かけて殺すのに、本当にその人でいいかっていうと、悩んじゃうんだよね」
「やっぱ、そーですよねえ……」
「だから、部長さんや瑞穂さんはすごいっておもうよ。そんなに一途に誰かを殺したいって想い続けることができるなんて」
「そうですよね。素敵だなあ……」

──村田沙耶香『殺人出産』より

えっ…これ、エンタメ系ちょいSFミステリーじゃないんですか!?

本開いて、まずびっくりしたのはそれでした。だってまるまる一冊表題の『殺人出産』なんだろうと思って読み出したら短編集だったので。

いや、おかしいな~とは思ってたんですよ。村田沙耶香さんと言えば『コンビニ人間』でしょ? 芥川賞作家でしょ? それに私の大好きなラジオスター、朝井リョウとカトチエ(歌人の加藤千恵さん)のお友達なんだからそりゃあもう純文畑でしょ? とは分かってたんですけど、事前にチラッと聞いて知ってた「十人子供を産んだら一人殺せるシステムの世界」って設定と純文学が全く結びついてなくて。

でも読んだらめちゃくちゃ、こんな純度高いヤツもないよなってくらいジュンブンだった。
(って言い出したらそもそも純文学って何よ? って話になりそうなんですが、個人的な定義としては、すみませんアホなのでフワっとした解釈ですが①外側で起こっている出来事より人物の内面の動きが物語を引っ張っている②読者に強い共感を与える③または読者の価値観を大きく揺さぶる、ひとつでも当てはまったら『文学』って言っちゃう力技スタイルで行こうかなと)

でもちゃんとSFでもあるし、ぶっ飛びました。
村田作品もっと早く読んでればよかった。

以下ざっくりあらすじ。

現在より少し先の未来。人工授精での出産が当たり前になった日本。
避妊手術を受けるのが当たり前になったこともあり少子化が進んでいた。
そこで導入されたのが「十人産んだら一人殺せる」殺人出産システム。
殺す分より沢山産むんだから結果プラスでしょ! という合理的判断のもと、人殺しチャレンジに挑む者を『産み人』、その対価に殺される者を『死に人』と呼んで敬う世界が出来上がっていた。

主人公・育子の姉は十七歳で産み人になり、もうすぐ十人目の子供を産む。
姉の殺したい相手は誰なのか?

って書いてみたけど、姉の殺したい相手は一体誰なのか? って話ではないです。(主人公・育子はもしかして私? って若干心配してるけど)

いや、この小説「あ~そういう話ね~」って油断するとすぐちゃぶ台ひっくり返されちゃうんすわ!
最初に引用した冒頭の会話のシーンも、「ん?? ただのOLの恋バナ?」って感じで始まるのにどんどん不穏な単語が飛び交うし。でもこれは確信犯というか絶対面白がってやってるよな~書いてて楽しかっただろうな~。

で、ここまでは本題に入るための前置きです。(また長い)

ほら、プロフィールにも書きましたけど私って人の心を察するのが苦手じゃありませんか?

おかしいんだよな。メンタリストdaigoも「読書、特に小説を読むと共感力が上がる」って言ってたし高校~大学の間はまぁまぁの読書家だった自負があるんだけど、自分と共通点のない人の考えに入っていくのが困難だし共通点ある人の気持ちでもすぐ分かんなくなるから街の雑踏とか歩いてると「怖い…ここにいる人たち全員が私と全く違う人生を歩みオリジナルの考えを持って生きてるんだ…怖すぎツラ…」ってなって気分が沈むし人間関係でも頻繁に問題を抱える。くぅ~~~~誰かこのバグ修正してくれ!!!!!

ということで私がこのnoteという場で書く《感想》は、「あそこの登場人物のの気持ち分かんねぇな…何とか理解出来ないかな…」って試行錯誤するものにしたいなと思ってまして。
これで多少は考えが整理されて、「もしかしてこういうこと!?」って答えが見つかったら嬉しいし、誰かが「こういうことじゃないっすか?」って教えてくれたりしたらもっと嬉しいしさ。

是非、皆さんもこの不完全な人間が少しでも向上できるように応援してあげてください。私はネット弁慶で、そもそもネット以外でも内弁慶で友人知人の数も限られているため、声を大にして人に助けを求められるのはキーボードを叩いている今この瞬間だけなんです…。

話は戻って『殺人出産』。
私が分かんなかったところはラストシーンの育子の気持ちなんですが、急に引用しても分かりにくいかもしれないので簡単に流れを書きます。

姉が殺すことにしたのは、先日育子が引き合わせたばかりの殺人出産反対派の女・早紀子。
生まれつき殺人衝動のある姉は、「どうせなら楽にしてあげられる人を選ぼう」と子供の頃から決めていた。現在の制度やモラルに適応出来ず生きる早紀子を姉は憐れんだのだった。
育子は、体調の優れない姉の付き添いとして早紀子の殺害現場に立ち会う。全身麻酔をかけられ眠り続ける早紀子の肉体を、育子は姉に誘われるまま共に切り刻む。その過程で、ふたりは早紀子が身ごもっていたことを知る。

って展開だけ書きだしたらメチャ凄惨だな…。
いや実際血ドバー内蔵ドローンで痛々しい描写多いんですけど、本文読むと感情の移入先としてここまで付き合ってきた主人公・育子がすごく満たされて嬉しそうなんで、「なんか良かった…のかも? 綺麗なシーン…なのかも?」って思えてくる…来なくもねぇ…という不思議な場面なんですよ。

 私の手に、腕に、鮮烈な赤が飛び散る。全身に肉を、皮膚を、血管を切り裂く感触が宿っていく。それらはまだ仄かに温かく、早紀子の液体や破片が身体に飛び散ってくるたびに、私の肉体がじんわり熱を持った。まるで早紀子の命が私に宿っていくようだった。

ほら、~Happy End~って言ってあげたくなるような清々しさがありませんか…? ないですか…? 

そんで早紀子の妊娠を知った育子は、こんなことを言い出します。

 右手の上に小さな塊を載せて呆然としていると、姉が呟いた。
「二人、殺したことになってしまったわね」
 私は真っ赤に染まった手でそっと胎児を撫でた。胎児は早紀子の血液に甘えるように、手の上を転がった。私は胎児の小さな手をつつきながら、早紀子から飛び散った血の味がする唇を開いた。
「……私、産み人になるわ」
「え?」
 姉が弾かれたように顔をあげた。
「この子の死を私に引き受けさせて。この命の分、私、これから命を産みつづけるわ」

ッッッ何ッで!!!!???
育子ちゃんはどちらかというと「正直殺したい奴はいるけど実際に産み人になって殺すほどではな~」派だったはずでは???
殺害の直前に交わしたお姉ちゃんとの会話でもそんな感じのこと言ってたよねッ!!!?
いつ心変わりした!? 赤ちゃんの死体を見てすごく申し訳なくなったの?? 早紀子を殺すのには一切の罪悪感覚えてなかったのに???????

…ってスーパーホワイホワイ(SUPER WHY WHY)状態に陥っていたのですが、この感想書くために読み返してたら次の行に答え書いてありました。

 たとえ100年後、この光景が狂気と見なされるとしても、私はこの一瞬の正常な世界の一部になりたい。

え、育子ちゃんの気持ち、めっちゃ分かる。

ごめんなさい、一回目読んだ時は本当に分からなかったんです。
この文章の意味自体は分かってたつもりなんだけど、でも、だからって何で産み人になるって話になんの? って思って、育子の気持ち分からなくて「あぁ~~読解力低すぎもうヤダ村田沙耶香先生ごめんなさい」って落ち込みながら読み終わり、「でも産み人っていいなー。私だったら産み人なってみたいかも。殺すほど嫌いな人いないし自分の手で人を殺すのも嫌だけど、志願するだけで皆から立派な人だって言われて褒められてお金も沢山もらえて働かなくていいならアリっしょアリ。空いた時間に読書したり小説書いたりも出来るだろうしさ…あ、でもつわりとかキツい体質だったら大変かもしれないけど…」っていう軽薄な感想を一通り抱いて今、読み直したら、分かりました。

育子ちゃんは、
今の世界の基準での《普通》で、
今の世の中のモラルにおける《いい子》に
なりたかった……?

というのも、お姉さんはもちろん育子ちゃんも、超優等生。人道にもとる欲望を抱えていたり、「えっその一線越えちゃう!?」ってラインを軽々越えちゃうタイプの人たちなのに、表面的には普通の人に見えるように細心の注意を払っている。そして、別に「私たちは人の道を踏み外すアウトロー! 格好いいでしょ!」みたいな自意識は全く持っていないように見える。

で、これ、比較がショボすぎて、あとやっぱり「ちょっと変わってるワタシ♪」感がどうしても出ちゃうので書くの恥ずかしいんですけど…。私も子供の頃、普通にしてるつもりなのに、普通にしたいのに、変だね変わってるねと言われることが多くてそれがコンプレックスで、未だに人におかしいヤツと思われてないか怖いです。

だから、今からでも、《普通》の、しかも《いい人》の仲間に入れてもらえるなら。しかも、自分の内面を変える必要はなくて、その行為をするだけで勝手に人がそう思ってくれる《行い》があるとしたら。

この小説の中で殺人出産の制度は、《普通》になって間もないものだとして書かれています。少なくとも育子の子供の頃、殺人は悪で、人を殺したいという欲望を抱えた育子のお姉ちゃんは、その気持ちを他者に向けてしまわないよう健気な努力を重ねていたにも関わらず、世間に厭われ、糾弾された。

モラルが変わっていく過渡期に生まれた育子は、今の《普通》で《いいこと》が、100年後には許されざる野蛮な行為に思われるかもしれない、という可能性を十分に知っている。それでも、本当に正しいかどうかを別にして、せめて外見だけでも皆と一緒になりたい、この世界と自分の正しさを存分に味わって生きてみたいと思うのは、そんなに《異常》なことですか?

そんな気持ちが、心の奥底にあったら。気づかずにもうひとつの命を奪ってしまったことが、何かの啓示(しかも、縁起がいい方の)みたいに思えて、それに背中を押されて、「産み人になろう!」って思っちゃうんじゃないかな? どうですか、育子ちゃん?

「姉が『産み人』になってからしばらくは、私も憤っていましたよ。世界が間違っているとは思わないけど、あれだけ姉を傷つけておいてあっさり変容した世界を憎んでた」
「…………」
「でもその姉も変容した。今の私は、昔の世界も今の世界も、遠く感じます。大きな時の中で世界はグラデーションしていて、対極に思えても二つの色彩は繋がっている。だから、今、立ってる世界の『正常』が一瞬の蜃気楼のように感じるんです」
「かわいそうに。この世界の『被害者』はあなたなのね」
 <中略>
「でも大丈夫よ。きっとあなたも、この正しい世界に救われて、その苦しみから解放される時がくるわ。きっとね」

(誰か正解知ってる人いたら教えてください。もしくは貴方がどう思うか)

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