自分の声を聴くということについて
皆さんは、自分の声を聴く機会がどれだけ日常のなかにあるだろうか。
散歩をするとき、手帳に1日のなかで起こったときを書き記すとき、無意識に流れている声を聴くことがあるかもしれない。
その声というのは、ポジティブなものばかりではない。
『chatter』という本では、このような頭の中でのしゃべり声について紹介されている。
そんな言葉が反芻してしまうから、苦しくなることは、いまだにある。
それとは、反対に内なる声は、望んでいない道へ進むことへ踏み止まらせる力も持っている。本当にそれでいいのか?と。
そのことによって相手の傷つくような言葉ではなく、配慮したうえでの行動を選ぶことだってできる。
自分の声との付き合い方
音声配信を始めて、自分の声を心のなかで聴くというよりも、本当に聴くことが増えた。
音声収録を終え、編集をするときに聴く。
編集して配信開始した後も、定期的に聞き直すことも多い。
最初は自分の声は好きではなかったけど、ちょっとずつ慣れてきた。
自分の声を聞き返すだけでなく、その場で話してみるとちょっとした違和感にも気づく。
あれ、なんか違うなと。
これは、noteに書いてみては、言葉を修正する行為に似ている。
誰かと話してみて、その場を凌ぐ言葉になっていないか。
外に出してみるからこそ、わかることもある。
自分のことは、自分がわかっているようで、わからないことは多い。
さまざまな出来事にどう反応するのか、自分が予期しないことに巻き込まれていくこともある。
ただ、自分の望まない後悔の残るような選択はしたくない。
そのときに、声を聞こえたり書き出したり、と外に出すことは良いのかもしれない。
それが、いまできる自分の内の声との付き合い方だと思っている。
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