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【世界考察46】お前だけの人生を生きろ

前回は世界考察0なる自分語りを行った。

これを書いたことで、世界考察も終わりに近づいている実感がある。元々放置してたじゃないかって? まあそうなんだけど。もう書くことがないからしょうがない。これを描き始めた頃に比べると、自分の人生の答えがすでに見えてきたので、世界を考察する意味も失いつつある。では答えはと一体何か。そんな問いに意味はないので答えない。他人の人生の答えなど何の意味があるのか。人生の答えは自分の中にしかない。数学じゃないんだから万人に共通な解などない。

さて、世界考察では学歴だの学歴だの学歴だの色んなことを語った。ま〜た学歴話だよ。でももう本当に最後。多分。そもそも学歴は最終結論が出て終わり尽くした味のしないガムである。果たして学歴は必要なのか。お前が必要と思えば必要。終わり。以上である。

以上なのだが、一般的な答えとしては、学歴はコスパがいいだの、リスク回避になるだの、医学部>東大論だの、選択肢が増えるだの、いつまでも同じことを言い続けているわけである。もう味しないって。そのガム。コスパだのリスクだの言ってる時点で自分の思考を世間という共同幻想にハッキングされている。コスパとは一体何なのか。リスクとは一体何なのか。一回自分の頭で考えてみてほしい。いつまで存在しない世間様という幻想の機嫌を伺って生きていくのか。世間じゃなくてお前の人生を生きろ。お前だけの人生を生きろ。

その上でやはり学歴が必要だと思うのなら、あなたにとって学歴は必要である。あなたにとってはである。それはあなたの答えでしかない。人生の答えとはいつも⚫︎⚫︎にとってのものでしかない。一般解はない。なぜ人は一般解を求めてしまうのか。この世に一般的人間などいないというのに。

自分だけの人生を生きて失敗したらどうするのかって? そんなことは知らない。そもそも誰も責任など取ってはくれない。統計様にしたがって生きたとしても、統計様は責任を取ってくれない。誰かの意見に従ってもそいつは責任は取ってくれない。時間を巻き戻す能力でもない限り、責任とは原理的に取りようがないものである。

学歴に限らず、人生の選択肢において、我々にできるのは、自分で選択して自分の選択に納得することだけである。判断を他人に預けた時点で永遠に納得することはない。思うに、人生の最終目的は自分に納得できるかどうかである。世界考察0で語ったように、客観的には碌でもない人生を送ってきたのだが、私は自分に納得している。それが全てだ。

お前だけの人生を生きろ。

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